恋愛ワクチン 第百十五話 善と悪(20)
過去のトラウマから解離性障害を背負った菜緒ちゃん。
エロい行動は「トラウマの再演」行動であり、パパ活もその一環のようだ。
既婚男性とお手当て無し交際もしていたが、不倫で奥さんから訴えられるリスクを考えると損得勘定が合わないと説得することで、なんとか止めさせることができた。
私の中には、エロい菜緒ちゃんを楽しみ尽くしたいという性欲(悪)と、エロさが病気から来ているのなら治してあげたい(善)という二つの気持ちが葛藤している。
その一方で、菜緒ちゃんが自我を形成して、イエス・ノーがはっきり言えるようになったら、私がこの娘に感じている魅力が消えてしまうんじゃないか?という漠然とした危惧もある。
さてどうしたものか。
そんなことを考えていたある日、菜緒ちゃんから「新しい男性が現れました」と報告を受けた。
女友だちの紹介で、30代の独身男性と仲良くなりつつあるとのこと。
菜緒ちゃん「その人、私に対して支配的な感じなんです。きっとまた私を『所有』しようとしているんだと思います」
確かに今の菜緒ちゃんに近寄ってくる男性は、菜緒ちゃんに「自我」を感じない、自分の思うままに出来そうだっていう雰囲気に魅せられる連中ばかりだろう。私も含めて碌な奴なじゃない。
菜緒ちゃんの救いは、少なくとも理性の上では自分の状況を認識しているところだろう。
理性が勝つか、無意識(再演行動)が勝つか。
その独身男性と話をしていて、大変なことが判明した。
なんと、既婚男性と同業で、顔見知りであった。
それで菜緒ちゃんは、その既婚男性と性的な行為をしたことや、さらには私とのパパ活の話まで全部打ち明けたそうだ。
なぜそんなことをしたかというと、これもまた再演行動らしい。
自分はこんなにエロい娘ですよ、どうぞ貴男もお好きなように私を弄んでください、と菜緒ちゃんの方から誘っている。
そのダシに使われたということだ。
独身男性は驚いたが、それで菜緒ちゃんとの交際を止めるところまでは引かなかった。
その話をした日は、電車の終電を逃したので、その独身男性とホテルでお泊りすることになった。
菜緒ちゃんは例によって全裸ですり寄って、男性を誘惑したのだが、男性はパンツを脱がない。
ちなみに勃起はしていたとのこと。
独身男性「俺はそいつらとは違う。その証拠に君と安易にはセックスしないよ。寄り添ってだけいてあげる」
そう言って全裸の菜緒ちゃんを抱いて一晩添い寝をした。
菜緒ちゃんは翌週末もその独身男性とデートした。
同じように菜緒ちゃん全裸で男性はパンツを脱がずにお泊り。
菜緒ちゃん「あの独身男性の考えはよく分からないけど、きっとああすることで私を信用させて、精神的に支配しようとしてるんだと思います。私の直観が『この男は危険な人間だ。逃げなければ』と感じます。私の直観はたいてい当たるんです」
そう言いながらも、再演行動からは逃れられないのか、独身男性に対する挑発を続ける。
菜緒ちゃん「△さん、私にいっぱいキスマークや噛み跡を付けてください。恥ずかしくてあの男の前で裸になれないくらいに」
マックさん「いいよ。なんならコンビニでマジック買ってきて、下腹部に『俺専用』ってしっかり書いておこうか(笑)」
菜緒ちゃん「いいですね。そうしてください」
お望み通り書いてあげた。
マックさん「マジックって、お風呂で洗うとすぐに消えちゃうから、消えかけたら自分で上からなぞってね。次に会うときまで消したら駄目だよ」
そのあと帰って、ネットで「消えるタトゥー」について調べてみた。ヘナという植物性色素で書くと、最大二週間くらい持つようだ。今度会ったら、ヘナで書いてやろう。
再会は一週間後。
菜緒ちゃんをホテルで全裸にすると、マジックはすっかり消えていた。
マックさん「あれ?上からなぞらなかったの?」
菜緒ちゃん「実は、あのあとすぐに独身男性のところに行ってしまって・・『こんな風にされちゃいました』って見せたら、びっくりされて、さすがに引かれたかな?と思ったんですが、『とりあえずそれ消そう』と言われてお風呂で石鹸で綺麗に消されてしまいました」
マックさん「そうなの・・それでその後は?さすがにセックスした?」
菜緒ちゃん「いいえ、いつもと同じで添い寝だけです。私は全裸でその男性はパンツ履いてました」
菜緒ちゃんが私と別れてすぐに独身男性のところに向かったというのも想定外だったが、それにしてもその独身男性は何を考えているんだろう?
そう戸惑ったが、実は不思議に感じてしまう私の方がパパ活で感覚が麻痺しているだけで、その男性のほうがまともなのかもしれない。
世の中、パパ活や複数交際している人間なんて一握りで、多くは一人のパートナーとだけと仲良くなり結婚して子供を産んで家庭を築いている。
浮気もしない。現に私の父親がそういう人だった。
最初は中二病的な瘦せ我慢で、いずれ本性を現わすんじゃないかと思ったけど、その独身男性、実は真っ当な人間なのかも。
もしそうなら、菜緒ちゃんにとっては明るい出口だ。
そして菜緒ちゃんが今回取った行動。
私をいわば「噛ませ犬」として使って、その独身男性を試したということになる。
「噛ませ犬」と書いたが、意味は合っているだろうか?
【噛ませ犬】闘犬で、訓練のために若い犬がかみつく相手となる犬。 試合から引退した老犬などが使われる。 転じて、格闘技などで、引き立て役として対戦させる弱い相手のこと。
微妙だがまあ当てはまらないことはない。実際には、噛み跡を付けたのだから「噛み犬」だが。
無意識の再演行動の一環とはいえ、私をこういう形で活用するとは菜緒ちゃん、大したものだ。
これは皮肉や嫌味では無い。こういう「生きる力」に触れるのは好き。
菜緒ちゃんのどこかで上手に「生きる力」が発揮されたのだろう。
自己治療行為としての再演に成功したと言い換えても良い。
うまく立ち回ったな。偉いぞ、菜緒ちゃん。
さてそうなると、次に自分が為すべきことが見えてくる。
菜緒ちゃんの人生からいったん消えることだ。
少なくともその独身男性との関係が上手くいっている間は。
菜緒ちゃんが独身男性に「パパ活はやめました。こんな私で良かったら、貴男だけのものにしてください」と言えるような環境設定に協力してあげること。
独身男性は菜緒ちゃんと結婚したいとも言ってくれたそうだ。
菜緒ちゃんにとって本当の出口なのかは私にも分からない。しかし賭けても良い案件ではある。
☆
☆
と、ここまで書いたものを、菜緒ちゃんにそのままラインで送った。
実はこれまでの「善と悪」のコラム記事も、途中から全て菜緒ちゃんに送っている。
菜緒ちゃんは「とても興味深いです」と言って読んでくれている。
そして今回の記事を送ったあと、
「独身男性とは別れます。私には△さんが必要なんです」
という悲痛な返信が来た。
そんなことは無い。そんな筈がない。
「噛ませ犬だなんて感じさせてしまってごめんなさい」とも。
そこは全く気にしていない。本文で書いた通リ、あれは菜緒ちゃんの「生きる力」であり、強さの現れだ。むしろ嬉しかった。
私は、私に付けさせたキスマークや落書きをその独身男性に見せるという菜緒ちゃんの行動に、解離ではなく菜緒ちゃんの意思、すなわち自我を感じた。
男を手玉に取るというには拙く下手であったとは言えるだろう。少なくとも私を獲り逃がしているからだ。しかし失敗であったとしても菜緒ちゃんは学習し経験した。
次はきっともっと上手に獲物を仕留められるようになる。そのためにも今回の手はまずかったと体で覚えた方がいい。
野生動物の母子に例えるなら、巣立ちの時、子離れのタイミングだ。
これで終わらせることが、ひとまずの「善」だと私は考えるのだが、間違っている可能性もある。
例えばだが、その独身男性が真に「支配的」な性癖の男性で、菜緒ちゃんを引き寄せて完全に精神的奴隷化してしまうのかもしれない。
しかし、独身とはいえ、高齢で複数交際を好み、結婚する意志も無い自分のような人間には、現時点でこれ以上介入する資格も名分も無い。
「善」の人を装うつもりは無い。
基本的に私を動かす本質は性欲=悪であり、しかし悪であるがゆえに時折悪の立場で無ければ発揮できない善を行うことが出来る。
それが私だ。
菜緒ちゃんと言う鏡に映すことで私は自分の真の姿を見ることが出来た。
菜緒ちゃんありがとう(合掌)。
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