恋愛ワクチン 第八十四話 洗脳(後編)

美希は多くを語らなかった。
しかし断片的な話を組み合わせると、どうも母親はレズビアンであったようだ。
姉の美穂がレズビアンでパートナーと暮らしているということは聞いてはいたが、母親譲りなのかもしれない。
母親は、そのことを隠して結婚したのだろうか?
とにかく美穂と美希の二人の娘を授かった。
父親には愛人がいて、実家にはたまにしか寄り付かない。
美希というおとなしい人形のような娘を支配して、男性はおろか同性の友人さえ作ることを禁じた母親。
父と娘であれば、近親相姦だが、レズビアンの母親と娘であれば、世間の目には娘を溺愛する母親にしか見えないだろう。
母親の葬式のときには、ようやく自由になった解放感で、心の底から笑ったそうだ。
親戚の目も構わず、大笑いしたので、気が触れたかと心配された。
姉の美穂が母親と対立して早く家を出たのは、母親から逃れるためだったのかもしれない。
そういえば、美希とのセックスには、妙な違和感があった。
美希は、行為の途中で達也の手を取り、自分の口と鼻を覆うように促したことがあった。
達也「え?どうするの?」
美希「息が出来ないようにして欲しいです」
達也「そんなこと出来ないよ」
窒息プレイというものだろうか?
ひょっとしたら母親に似たようなことをされていたのかもしれない。
もしもそうだとしたら、なんて可哀想な娘だろう。
絶対に自分が救ってあげなければ。
達也は使命感のようなものを抱いた。
一方、美穂は、女男の拓海に飽きて、今は加奈と暮らしていた。
拓海は所詮男だ。
加奈を開発するためのペニスであり、生きた大人のおもちゃに過ぎない。
男に未練など無い。ヤリ捨てポイでいい。
加奈は美しい。
美しい人間だけが価値がある。男は皆醜い。
美穂は美希を呼び出して、達也との交際の進み具合を聞き出した。
美穂「それで、達也とのセックスは気持ち良いの?」
美希「気持ちいいです・・だけど・・」
美穂「だけど何?」
黙り込む美希に、美穂はキスをした。
そして後頭部に片方の腕を回し、もう一方の手指で美希の鼻孔を抑えた。
鼻と口を塞がれて、美希は呼吸が出来ない。
顔を真っ赤にして苦しがる。
しばらくして美穂はキスする口を離した。そして言った。
美穂「こういうことをしてはくれないんでしょ?あの女(母親)がしていたみたいに」
美希はかすかに頷いた。
美穂「男なんて、そういうものよ。自分が射精する事しか頭に無い。単純で、粗野で愚かな動物」
そして美穂は、美希を裸にして、加奈と二人で弄んだ。
喉に手を突っ込んで呼吸しにくくしたり、首を締めたり、体中をまさぐって、母親の愛撫の痕跡を探した。
美希はすでに開発されている女だ。どこをどう責めれば感じるのか確認することは、美穂にはたやすい。
美希は久しぶりに絶頂を感じることが出来た。
そして美希は達也と距離を置くようになった。
達也は不思議だった。あんなに仲が良かったのに、最近の美希はよそよそしい。
姉の美穂たちのところに通っているようだ。
達也「まさかとは思うけど、お姉さんと変な関係になったりしてないよね?」
美希「・・いいんです。もう私のことは放っておいてください」
達也「一度、お姉さんと会わせてくれ。交際クラブでの出会いではあるけれど、僕が君との将来を真剣に考えていることを、直接はっきりと伝えたいんだ」
美希は答えなかった。
そしてその数日後、美希はアパートから姿を消した。
合鍵を使って中に入ってみると、すっかり荷物が片付けられていて、まるで夜逃げの後のようだ。
ラインもブロックされていて、達也のスマホに付けられていたGPSも解除されていた。
喪失感。
とくにGPSの解除がこたえた。
前にも記したが、達也は自分の位置情報を管理されることで、美希からの深い愛情を感じていた。
それが無くなってしまった。
もう一度、自分にあの甘い首輪を付けて欲しい。
達也は、携帯番号に長文のテキストメッセージを送った。
「どうして自分から離れて行ってしまったのか、自分にはさっぱり判らない。戻ってきてくれ。自分に出来ることは何でもするし、すべて改めるのでやり直したい。」
そんな内容だった。
一日経って返信が来た。
「私は達也さんにもう何の恋愛感情もありません。これ以上詮索しないでください。もしこのようなメッセージを今後も送って来るのであれば、ストーカーと見做して警察に相談します。今後一切、私に付きまとわないでください」
美希の書いた文章とは思えなかった。
おそらく美穂の代筆だろう。
きっとレズビアンの美穂に洗脳されたに違いない。
近親相姦かつ同性愛、そんな関係はまともじゃない。
美希を救わなければ。
しかし、達也にどんな手があるのだろうか?
とにかく美希に会って、直接話をしたい。目を覚まさせてやりたい。
しかし仮に美穂の家に押しかけたところで、警察を呼ばれるのが関の山だ。
達也が「あの娘は、母親と姉に洗脳されて弄ばれているんだ。近親相姦かつレズビアンなんだ」と訴えたところで、信用されるとは思えない。
交際クラブで出会った中年男にガチ恋されて付きまとわれた二十代の女性を姉が救い出そうとしているとしか、世間の目には映らないだろう。
洗脳のテクニックの一つに「泳がせる」というのがある。
監禁していた相手に一度、自由を与えるのだ。
解き放って、しかしまた自分のところに戻ってこざるを得ないように仕向ける。
それによって奴隷に諦めの気持ちを生じさせる。
自分には自由が無いと、心に深く、自分自身で刻み込ませる。
今回、美穂が美希を交際クラブに登録させたのは、まさにこの手法では無かったか。
泳がせて、達也のような初心な男と恋愛させて、しかしそれでは満足出来ないということを思い知らさせる。
達也は美穂に利用されたのだった。
美穂は母親の支配から上手に逃げたが、その一方で母親の寵愛を受けていた美希を妬ましくも思っていた。
そして、母親が死んだ後、母親の一番の宝物であった美希を、母親に代わって支配することで、その心の隙間を埋めたのだろう。
美希はGPSを付けられて管理され、それを愛情のしるしと感じて喜ぶ達也を見たときから、気持ちのすれ違いを感じていた。
GPSで常に管理され、支配されたかったのは、実は美希自身であったからだ。
自分は姉の愛玩動物として生きて行くしかない。
母親が愛してくれたように、美穂ならきっと自分を愛してくれるだろう。


(完)

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