恋愛ワクチン第百十六話 「善と悪」後日談

「善と悪」は20話で完結なのだが、菜緒ちゃんのその後がどうなったのか気になる方もいるでしょう。
1話から20話までを一気に書き上げて投稿したのが4月だから、全部の掲載までに半年以上かかった。
その間に菜緒ちゃんと会うことは無かったが、断続的にラインのやりとりは続いていた。
断続的にというのは、私からのラインが時折未読のままになり、応答が無くなってしまうからだ。しかし2か月ほどすると既読になり、また向こうからラインが送られてくる。そんな感じ。
独身男性とは別れたそうだ。
それならまた会おうかという話になって、日にちも決めるのだが、直前で菜緒ちゃんの方からキャンセルしてくる。
そんなやりとりが二回ほど続いた。
以下は直近のラインである。

菜緒ちゃん「こんばんは。ご無沙汰いたしております。△さんは、お変わりなくお過ごしでしょうか…?お久しぶりに連絡させていただくので緊張しております。」

マックさん「心配してました。元気にしてる?」

菜緒ちゃん「ありがとうございます。元気があるかないかでいいますと、健康な一般の方と比べたら元気は足りないと思います。しかし、以前よりはほんの少しだけ元気になった気もします。ただ、△さんに逢いたいな…と思って…またお逢いしてくださいますか?」

マックさん「もちろん大丈夫だよ。いつがいい?直近だと○日夜なら空いてます」

菜緒ちゃん「承知いたしました。それならば、○日夜にお時間をいただきたいです」

マックさん「前みたいにラブホで泊まる?」

菜緒ちゃん「家族に怪しまれさえしなければそういたしましょう。久しぶりなので大変緊張しております…でも、お逢いできることがたのしみです」

そして翌日には以下のようなラインが来た。

菜緒ちゃん「お疲れ様でございます。△さんのことはだいすきで想い出が沢山あるのですが、しかし、自身の身体を対価にするということに対して良心の呵責が大きく、葛藤があるため、今後自身の身体を差し上げることは控えさせていただきたいと思いました。
△さんのことはだいすきで、そして決して悪い想い出ではないです。しかし、クリーンに生きていきたい、なんとかしてでも自力で足掻いて生きて行きたいと私は思いました。男性としてもヒトとしても△さんのことがとっても好きでお慕いしておりますので、お友達や人生の先輩、あるいはお父さんのような存在としてお傍にいさせていただきたいという想いはあるのですが…」

マックさん「それは良いことだと思うよ。『過去は変えられない』って言葉があるけど、実は変えられるっていうのが、僕の昔からの持論で、さらに言えば『未来は過去を書き換える事によってのみ変えることができる』と信じてる。
菜緒ちゃんが僕とな関係のうち性的なものを消したいなら協力するよ。以前撮った動画とかは完全消去するし、僕自身の記憶からも性的な部分は消す。『お食事デートで出会って、解離性障害のことを聞いて関心を持って、何回も会って話を聞いているうちに人と人として仲良くなった』に僕自身の記憶を書き換えるよ。
とりあえず○日夜の話はキャンセルしましょう。またよく考えて、もう少しパパ活するならそれでもいいし、だけどその場合でも最終的な出口は『お互いの記憶を(擦り合わせた上で)書き換える』だと思っています。
個人的には、今回僕がこういう形で関与したことで、解離の子が良くなるのか悪くなって症状重くなってしまうのかを見極めたい。性的トラウマのある子が、同じく性的な関係性で上書き出来るのか?
最近解離の症状はどう?鬱は当然あるとは思うけど、これは病気が長引けば仕方ないことだし、問題は解離やフラッシュバックの方。
あるいは、僕との性的な関係も含めて、過去を否定せずにありのままを受け入れた上で僕との新しい関係性を築く、の方がいいのかな?もしそうならそれが一番健全。
ていうか、それが出来るなら菜緒ちゃんもう治ってるんじゃないかな?」

菜緒ちゃん「『過去を否定せずにありのままを受け入れた上で新しい関係性を築く』がよろしいと思います。
記憶は、強い思い込みと自己暗示によってお互いにとって都合よく書き換えることはいくらでもできると思います。それは常人にできることではありませんが…。
しかしそれは、自らによって自らへ意図的に解離を引き起こして記憶を塗り替えるということをしていることだ思うので、お互いの健康にはよろしくはありません。
一方的だけなら記憶の塗り替えは比較的容易ですが、2人の設定を合致させて上手く擦り合わせていくというのはより困難になると思いますし、お互い、過去の自分を騙すということになるのでリスクを抱えるということになると思います。
なにより自分を騙すだけならよいと思いますが、しかしふたりの問題となりますと難しいです。
他人(相手)をも巻き込んで騙すということになり、それは相手に解離を引き起こさせる張本人、本物の極悪人そのものになってしまいます。
解離ですが、変わらずあります。
しかし牛歩の歩みではあるものの、ある程度良くなったような気がします。
トラウマをトラウマで上書きできるかどうかですが、一般論としては絶対的に「NO」です。
私の場合はこれに限らず、どちらともとれずです。
私の場合、お金を得たりお食事をさせていただいたり、深いやり取りをしたりといったところで「損得勘定(感情)」で「得」のほうが上回っていると本体が判断したのか、良くなった悪くなったの客観的事実は別として、気持ちとしては悪くはなかったです。
そして逆境の中で生き抜いてきたので過剰ともとれる適応力が身についていたのか、そういった状況のなかでも適応してしまっておりました。
しかし客観的事実としては、やはり悪くなり堕ちていく一方のようでした。
たまたま現在はトラウマとなっておりませんが、しかし、こうして関わらせていただこうとしている時点で過去がトラウマとなっており、どうしようも無くなったので塗り替えようと試みている行動の一環なのかもしれませんし、これそのものも再演といえるかもしれません。
あるいは心がぶれて弱っており、単に助けを求めている、もしくは普通にヒトとしての情や想い出があり仲良くしていきたい、縁を続けていきたいという人間としての想いなのかもしれませんし、それらが複合した結果かもしれませんし、なんとも簡単には言い表せません。
もしこれから、あるいは現在関わられている女性のなかで少しでもトラウマがあったと判断できるような方には、トラウマへ触れさせないこと、そして売春(言い方が直接的ですが、パパ活です)の世界へ、性の世界へこれ以上踏み込ませず明るみへ追い返してあげるということが、最たる『善』だと思います。
△さんへ利害的に言い換えるとしましたら、『触らぬ神に祟りなし』です。
トラウマのある子は一見分かりづらい方もおり、そして、『買う』側の男性からすると非常に魅力的に、美味しそうにそして珍妙に見えると思います。
しかしそれは禁断の果実であり、パンドラの箱を開けてしまったということになると思います。
単なる、共感性が薄く浅い思考で手放しに享楽的に性を搾取するありふれた雄なら女性のトラウマなど知ったことなく貪りつくことでしょうけれど、△さんは違いますもの。
好奇心旺盛で、女性の病状に興味を示されるのです。
それが危ないです。共倒れ、または女の子の方が崩れていってしまいます。
精神疾患の治療には並ならぬエネルギーと揺らがぬ信念が必要であり、好奇心で触れてしまうのはどちらにとっても非常に危険です。
特に△さんは、ご自覚はないかもしれませんがご自身のトラウマが非常に多いと思われますので、△さんご自身の未来を悪くしてしまうのではないかと私は非常に心配しております。
トラウマ、特に性的トラウマの治療には想起させる要因に『決して触れさせないこと』が大事であり、『パパ活』という性の世界とは決して融和することのできない概念です。
私の例でよくお分かりになったと思いますが、当本人はどうすることもできない再演行動によって、自ら特攻隊の志願兵のごとく、あるいは飛んで火に入る夏の虫のように、傍から見たら異様にトラウマ的概念へ飛び込んで行ってしまうと思いますが…。
しかし、それは堕落への道でしかないのです。
もし融和しているようにみえるとしたら、それは本人がどんどんと自我を失くして心身ともに麻痺し、生き物として墜落して行き、本当の意味での生きる力を喪っていってしまっている証拠だと思います。
過剰な適応、または重度の解離により感覚を失い、混迷状態になってしまっているといえます。」

マックさん「なるほど興味深いです。だけど、僕の目には菜緒ちゃんの中で本当の意味での『自我』が育ってきたように見えるよ。
相手に合わせるのではなく、拒むべきところで拒むこと、損得勘定を意識すること、こういったものが自我であり生きる力です。
今菜緒ちゃんは生きる力にみちびかれているように見える。
ときどきこういうやりとり続げましょう。お互いにとって有益だと思う。
前は本当に闇の中で迷ってる感じだった。だけと、僕とのお金のやり取りで、ギブアンドテイクを経験して目覚めたんじゃないかなあ」

菜緒ちゃん「なんでしょう、△さんとは不思議なご縁を感じます。
『生きる力にみちびかれている』…素敵なお言葉です。
△さんとの想い出もあったからこそ、△さんとの様々な経験がステップとなってこそ、私はここまで来られたのではないかなと思います。
△さんと離れている時も「私を愛してくださってありがとう」と思っておりました。
もう少し私の生活が安定したら、もう少しでもより生きる力が身についてきましたら、たまにはお時間をくださいませんか?
また△さんのカッコイイお顔を拝見したいですし、そっとハグさせてください。△さんのことをヨシヨシさせていただきたいです。
今でもふとした時にネットに出ている△さんのお姿を拝見して「かっこいいな、素敵だな」と思う時があるのです。
△さんのお持ちの明るさと△さんらしいユニークさがすきです。
私と逢っている時は何かに取り憑かれたかのように深刻なお顔をされていましたが…
きっと私の状態が似てしまったのかもしれませんね。元気になり少しでも自我を持った未来の私ならば、△さんも明るくいらしてくださるでしょうし、お互い楽しくお話できるのではないかな〜と思います。
『損得勘定』。この言葉、概念を強く教えこんでくださった影響は非常に大きいです。
△さんとお会いしなくなった後も現在も、非常にこの概念に救われることになりました。
またいつかお逢いしてください。
そして、私が身体を売ろうとしても止めてください。お願いいたします。」

多分、私は菜緒ちゃんを救ったのだと思う。
川で溺れかけていた子猫を見つけて拾い上げた気分だ。
菜緒ちゃんは「性の世界へこれ以上踏み込ませず明るみへ追い返してあげるということが、最たる『善』だと思います」と言う。
最初から菜緒ちゃんの性的な挑発に乗らずに済ませていれば、確かに私は善人でいられただろう。
しかしそもそも私はパパ活で菜緒ちゃんに出会っているのだから、そんな訳にもいかない。それに私が善人でいることと、菜緒ちゃんが救われることとは別の話だ。
私が悪人にならなければ、というか悪人で無ければ、菜緒ちゃんは救われなかったと思う。
しかし菜緒ちゃんとはもうHすることは無いだろう。
今こそ「性の世界へこれ以上踏み込ませず明るみへ追い返してあげるということが、最たる『善』だと思います」の時期だからだ。
あくまで結果論ではあるが、菜緒ちゃんの場合は、最初はHしてお金をあげることで、損得勘定、ギブアンドテイクの概念を植え付けることが肝要だった。
だからあの時点での私とのパパ活は、菜緒ちゃんにとって必要悪だったと思う。
自我の芽が育ってきた今の時点では、これを踏みつぶさないように守ってやるのが善だ。
言い換えると、菜緒ちゃんの性的な再演行動にこれ以上は付き合うべきではない。
こうしてここに記しておくことで、肝に銘じておこう。
私は菜緒ちゃんに以下のように返信した。
「気持ちが落ち着いて調子が良い時に訪ねて来てね。H無しでも美味しいもの奢ってあげるよ」
もちろん本心ではあるのだが、ラインのやりとりはともかく、この先実際に菜緒ちゃんに逢えるかどうかは分からない。
何となくだが、もう逢えないような気がする。
私と逢うことのリスク、それは菜緒ちゃんが一番よく知っているだろうし、そのリスクをリスクとしてわきまえること、それこそがトラウマの再演への誘惑に打ち勝つことだからだ。
こうして私に逢いたいと言いつつも、直前にキャンセルする、その行動こそが彼女が回復しつつある証拠なのだろう。

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