宇宙倶楽部女子との旅 後篇その1(ごめんあそばせ)

【朝の目覚め In Ho Chi Minh】

 旅先で目覚めると、それも宇宙倶楽部女子と一緒だと、一瞬自分がどこにいるのか分からなくなる。今回もそうだった。静かな寝息を立てて眠っているサワコをジョーは不思議な気持ちで眺めた。どうしてサワコがここに?
 ああ、そうだったと我にかえる。確かに素晴らしい一夜だった。その証拠にジョー自身はまだ熱を帯びているし、少しの刺激で硬直もするだろう。前回はいつだったか思い出せないくらい官能的なセックスだった。再びサワコに襲い掛かりたい衝動もあった。
  しかしぐっすり眠っているサワコを起こすわけにはいかないし、昨夜彼女が絶頂を迎えた(と信じたい)直後、ジョーがクライマックスに達したのは滅多いない例外的な出来事であることを知られたくもない。だから静かにベッドから出て、しっかりと頭を覚醒させるためにシャワーを浴びることにした。
 シャワーのノズルをホックに掛け、冷たい水を頭から浴びる。眠気は一気に吹き飛び、目が冴え、頭が働き始めるのがわかった。気持ちのいい朝だ。
 と、ここでジョーはあることに気がついた。目覚めてからシャワーを浴びるまで姫のことを全く考えていないのだ。わずかな時間には違いないが、目覚めた時姫のことを考えない朝がついにやってきたことになる。そんな朝を望んでいたにもかかわらず、寂しい気持ちと後ろめたさ、そしてなぜか嬉しさ、それらがないまぜになった不思議な感情がジョーを襲う。
 複雑な心境だったが、兎にも角にもこれで今日から新しい一日を始めることができるだろう。姫がスペシャルな存在であるのは変わらないし、これからも姫と共に目覚めることが続くかもしれないが、あの日から1年近くが過ぎてやっと新しい一歩が踏み出せると呟きながらジョーはバスルームから出たのだった。
  バスローブの袖で髪の毛を拭きながらバスルームから出ると、サワコが目を擦りながら、体を起こしていた。

「おはよう、ごめん、起こしちゃった?」というジョーの言葉には答えず、
「ジョーさま、すごく良かった」とサワコ。
 サワコと初めて会った時、ジョーは幼少の頃近所の人達から「さま付」で呼ばれたことを話していた。普段はジョーを「ちゃん付」で呼んでいたが、柔らかい内容(要するに下ネタ)やジョーをからかう時は「ジョーさま」と呼んだ。ただ今日の「さま」は普段とはニュアンスが異なり、本心のように思える。こういうやり取りが二人の距離を縮めていくのだろう。
  サワコは完全に起き上がり、ジョーに近づいていた。そして自分の両手をジョーの首にまわした。彼女の顔が近づき、互いの唇を合わせる。昨夜とは異なり最初から全力のキス。互いの舌を強く激しく絡め合った。シャワーを浴びた時、髭も剃っておいて良かったとジョーは心の中で呟く。
  長い長いキスだった。まるで恋人同士のような。ジョーが唇を離そうとするとサワコは首に巻きつけた手をさらに強く締め付けキスを続けようとする。これがジョーを籠絡し、財布の紐を緩くする手段だとしても喜んでジョーはその手に乗るだろうし、望んでいることでもある。そこでジョーはサワコへの全ての抵抗をストップさせた。かつて姫に対してそうしたように。
  長いキスがひと段落ついた時、サワコはやっと手を首から外した。そして自分のバスローブを脱ぎ捨てると、ジョーのバスローブも荒々しく剥ぎ取り再びき唇を合わせる。しかし今度はサワコの手が首ではなく、ジョーの股間に伸びてきた。「ジョーさま、もう、硬くなってる」と耳元で囁く。今朝もまたゴングが鳴らされたのだった。
  それにしてもとジョーは思う。どうして地獄へと通じる道には美しい花が咲き乱れ、甘美な香りに包まれているのだろう?何度も同じ目に遭っているのに、入り口の手前では決して気がつくことはできないし、引き返すこともできないのだ。ただホーチミンでは、夜だけでなく、朝もまた姫の絶叫が部屋中に響き渡ったことはジョーの虚栄心を満足させるためにも付記しておきたい。

【シェリムアップ空港へ】
 思いがけず朝からファイトしたために、スケジュールがタイトになった。ゆっくり朝食をと思っていたが、ルームサービスで簡単に済ませた。空港に行く前に買い物に行く約束だったけれど、彼女の希望でホテル内のエステに変更し、ジョーは小さなプールで泳いだ。午後のフライトだからそんなに慌てなくてもよかったかもしれないが、ジョーは余裕をもって行動したい派だ。サワコのエステが終わるのを待って空港へと移動した。
  ホーチミンからアンコールワットの最寄り空港であるシェムリアップ空港まではたった1時間のフライト。 機内では二人とも爆睡で、気が付いた時には空港に着いていた。
  シェリムアップ新空港は今年10月に開港したばかりの空港で通路も広々とし、清潔で現代的な空港だ。これは後付けの知識だけど、中国資本によるものだという。ビザ手続きを経て、通関を通り過ぎ、出口に向かうと、大輔が待っていた。
  大輔はオサム君の後輩で(ということはジョーの後輩でもある)面識はなかったが「パイセン、カンボジアに行くなら後輩がいるから、案内させますよ」ということで紹介してもらったのだ。事前にLINEの交換もしていて「ヨルダン人の彼女と共にお迎えに上がります。デーブシェリムアップを案内しますよ」ということだった。
  大輔はジョーを認めると、「ジョーさん、初めまして。ようこそ、シェリムアップへ」と声をかけてきた。隣に並ぶ美女がヨルダン人の彼女なのだろう。大輔は30代前半のビジネスマンで、ここカンボジアで起業して手広く事業をしている。元々は某省のお役人だったそうで、紆余曲折があり、ここに辿り着きて商売を始めたそうだ。精悍な顔付きで、アグレッシブなオサムくんとは気が合いそうな青年だと思った。
「大輔君、わざわざお迎えありがとう、忙しいのに」
「いえいえ、この半年ほぼ休暇を取ってなかったので、ちょうどよかったです」
「普段はプノンペンなんでしょ?」
「そうですけど、ここにも事務所があって、月に1週間くらいはシェリムアップにいるんですよ。だから色々ご案内できますよ!」
「それは楽しみだ。それより隣の美女を紹介してよ」
「ルイちゃんです。LINEでお知らせしたようにヨルダン出身です。あばあさんが中華系なので彼女はクオーターなんですけど」
  ルイちゃんは黒の開襟シャツに大輔のプレゼントだというダイヤモンドのネックレスが胸元で輝く。髪の毛は黒味がかったゴールドで目の色はブルー。クォーターだからなのか中華系の要素は全くない。とはいえ、ヨルダン人の特徴と言われても何も思い浮かばないけれど。
  ジョーは日本語で「こんにちは」と言いながら握手を交わしそのあと英語で簡単な自己紹介をした。続いてサワコも彼女と握手をし、なんとマンダリンで話しかける。
「很高兴见到你。 我叫泽子。我和乔的关系很可疑。 幸会」
ルイちゃんが笑い出した。
 「惊喜吧 她的发音比我的普通话还标准。我和大辅的关系也很可疑。 我觉得我们会相处得很好。 我很期待见到你」
 もちろん二人がなんと言っているかジョーにはさっぱり分からない(コラム初登場?のマンダリン。翻訳は各自でお願いすね。因みにGoogle翻訳使いました笑)。そもそもサワコがマンダリンを話せることを知らなかった。しかしながら二人とも笑い、握手だけでなく、ハグもしていたので、距離がぐっと縮まったのは間違いないだろう。
「サワコ、君、マンダリンも話せるの?」
「今のボスが中華系だし、台湾に留学していたから英語より得意なの」
「知らなかったなあ。なんて言ってたの?」
「ジョーとは怪しい関係ですって自己紹介したのよ。そしたらルイは『私も大輔とは怪しい関係よ』と返してきた。何だか楽しくなりそうね」
   ホテルへは大輔の運転手付きの社用車で向かった。新型のトヨタランドルーザー。カンボジアでも人気らしく大輔は苦労して手に入れたと言っていた。大輔によればカンボジアでは新車を購入する場合、車両価格と同じ税金がかかるらしく、この車も手に入れるのに、日本の倍ほどの値段になったそうだ。
 「僕自身はこだわりはなくて、車は動けばいいと考えるタイプなんですけど、ここではトヨタは一種のステータスだし、これに乗っていると信用を得やすいんでこれにしました」とは大輔の弁。
  すでに日はどっぷりと暮れていたので、車窓からの風景ははっきりとは見えなかったが、新しくできた道路をランクルは快適に走っていった。旧空港は市内中心部にあったので、10分ほどで主要なホテルにはアクセクスできたが、新空港は郊外に開港し、市内のホテルまで1時間ほどかかる。車内で明日からの予定を相談し、とりあえず、日の出前にホテルを出てアンコールワットの背後から昇るご来光を見ることにした。
 大輔のお勧めで予約したホテルは中心部のはずれにあったが、アンコールワットへは車で15分ほどだからそれほど不便なわけではない。荷物を置いて後、社用車は帰していたので、トゥクトゥクに乗って食事に出掛けた。
  大輔が連れてきたパブストリートは東南アジアらしい派手な電飾で装飾された飲食店街で、郷土料理の他、イタリアンやドイツ料理のレストランが軒を並べる。周辺には地元民愛用の屋台も出ている。大輔のお勧めでローカル料理のレストランに入り、通りを見渡せる窓際の2階席に案内された。
  客のほとんどは外国人で、英語の他、フランス語、ドイツ語が飛び交っていた。窓際といってもオープンになっているから通りの喧騒をバックミュージックに食事をした。
  メニューを見てもよく分からないので、大輔にチョイスは任せた。運ばれてきた料理はローカルフードということだったが、ベトナム料理との違いがジョーには分からない。しかし味はよかったし、やっぱりここも水よりもビールの方が安く、わずか1ドルのローカルビール「アンコールワット」の杯を重ねた。
 大輔とは20歳以上離れているが同じ学校に通っていたから共通の話題も少なくなく、話が弾んだ。ただ同窓でなければ全く面白くない話をしかも日本語でするのだから、特にルイちゃんは面白くなかっただろう。サワコに肘打ちされなければ気が付かないところだった。
  今度はルイちゃんが自分の生い立ちをしゃべる番だ。恥ずかしながらジョーはヨルダンについてほぼ何も知らない。そもそも漠然と中東という他は正確な位置もイメージできない。ルイちゃんはこの種の質問に慣れているのか携帯の地図をジョーに見せた。
  なるほど、隣国はイスラエル、サウジアラビア、シリア、イラク、そしてパレスチナ暫定自治区だと知る。パレスチナ暫定自治区とヨルダンの歴史的な関係性については英語でレククチャーを受けたがジョーの英語の理解力が低く、よく分からなかった。ただ、国際経験豊かな女性であることは分かった。
  ルイちゃんの生まれはヨルダンの首都アンマン。高校時代の台湾留学を経て、大学はアメリカへ。卒業後はホテルマネジャーとして働き、ほぼ1年おきに勤務地を変えるのが彼女のライフスタイル。日本での勤務経験もあり、大輔とはその時知り合ったという。ヨーロッパとアメリカに留学経験のあるサワコは彼女の経歴に興味を持ったようで、いくつも質問していた。
  ジョーからは「コロナの時は、どうしていたんです?世界中のホテルが閉鎖になったでしょう?」という質問。
 「仕方がないからヨルダンに帰って3年間ママと一緒にいました。何もやることがないから語学を勉強してました。今は、全部で6ヶ国語を話せます。残念なのは日本で働いていた時、日本語を勉強しなかったこと。外国人観光客担当だったし、日本人スタッフとは英語でコミュニケーションを取っていたから日本語が必要なかったんです」
 コロナ明けは大輔を追いかけ?昨年カンボジアにやって来てプノンペンのホテルで働いている。
 話は尽きなかったが、閉店の時間になったので、お会計を済ませ店を出た。ここには3時間以上いたことになる。
 帰りは別々のトゥクトゥクに乗り、別れた。ホテルはジュニアスイートにグレードアップされていて、色々楽しめそうだったけれど、明日は4時半起床だから、簡単にシャワーを浴びたあとはベッドに潜り込んで二人ともすぐに意識を失ったのだった。

【アンコールワットの日の出】
 目覚ましが鳴り、意識朦朧の中、なんとかベッドを出てシャワーを浴びる。サワコのリクエストでコーヒーを淹れ、飲んだところで、ようやく意識が戻ってきた。流石に眠い。慌てて着替えを済ませてホテルロビーへ行くと大輔とルイちゃんはもうジョーたちを待っていた。出かけようとしたところでホテルスタッフがサワコを呼び止めて、「その格好では王宮に入れないと思います」と控えめにアドバイスをした。王宮は宗教施設で肌を露出した格好はNGらしい。
 確かにオッパイ丸出しのタンクトップはまずいよな。サワコが困ってると、スタッフが気を利かせてストールを貸してくれた。ホテルとしては最高級というわけではないが、チェックインの時も感じたが、ここはホスタビティにあふれたホテルでスタッフの応対も気持ちがいいものだ。
  運転手が早朝は働きたがらないので社用車ではなく、大輔が用意したトゥクトゥクに乗って、アンコールワットを目指す。まだ薄暗く、頬に当たる風が心地よかった。
  最初に券売所に寄り、3人分のワンデーチケットを購入。大輔は在留許可を持っているので、無料になるそうだ。
  券売所を再出発する頃、夜が白々と開け始め、王宮に通じるお濠に並行する道を走る時、遠くに王宮が浮かび上がる。ジョーとサワコは感嘆の声をあげ、スマホのシャッターを何枚も切った。手前のゲートで入場券を見せ、トゥクトゥクを降りてアンコールワットへと通じる道を四人で歩き始める。前方にはぼんやりと浮かぶアンコールワット。雲が多かったけれど、夜はさらに白んでいき、アンコルワートが歩みを進める度に大きくなる。ここで一旦歩みを止め、4人で記念撮影。1000年前の王宮の右背後から日が昇りはじめ、全面は暗く浮かび上がるのは大輔が言っていたように幻想的な風景で、これだけでここに来る価値があると思う。お堀に到着するとチェックポイントがあり、再び入場券を見せて上智大学チームが改修工事中の王宮へと通じる橋を渡る。すぐそばの西塔門から境内に入り、参道を数百メートル進むと王宮前の右手にある池へと急ぐ。
  ここがどのガイドブックにも載っているアンコールワット早朝の絶景ポイントだ。池前にはすでに人だかりができており、多くがスマホを構えて何枚もシャッターを切っていた。人気の理由はこの時間だけ、朝日を背にして王宮のシュルエットが池に逆さまに映るからだ。人々はこれを「逆さアンコールワット」と呼ぶ。朝日の光と逆さシュルエットのコントラストが美しい。目の前にして人気スポットであるのが、よく分かった。残念ながら王宮手前の中央の場所は既に人だかりで入る隙間がなかったので、我々はサイドからしか撮ることができなかった。
  そうこうするうち、日は完全に昇ったが雲が多くなり、いわゆるご来光をはっきりと見ることは結局できなかった。しかも太陽が顔を出すと気温はグングン上がったいき、早朝の爽やかさは既になく、ジョーもサワコもびっしょりと汗をかいた。湿度も高いから、快適には程遠い。この後もこの蒸し暑さに悩まさることになるが、大輔によれば、これでもかなりマシな方らしく、4月には40℃を超えることも珍しくないらしい。

【ホテルに帰って4人で朝食。そしてプールへ】
 王宮への入場は9時からで、まだ2時間あるので、朝食を取るため、一旦ホテルに帰ることにし、再び、4人でトゥクトゥクに乗って、ホテルへ帰った。
 ホテルレストランは中庭のプールに沿ってあり、プールに面したオープンスペースに席を取ってもらった。我々の朝食はインクルードされたいるが、マネージャーの好意で「お連れ様の分も用意させていただきます」となり、我々を喜ばせた。
 食事はバイキングスタイルで、特別なメニューはないけれど、温かいものは温かく、冷たいものは冷たく、丁寧に調理している印象だ。どのスタッフもフレンドリーで細かな気配りが感じられる。ジョーはこれまで無理をして?日本を含め、世界各国の高級ホテルに泊まったが、どのホテルよりも温かみを感じることのできるホテルだ。
  食事が終わり、これからの予定を相談している時、ルイちゃんが突拍子もないことを言い出した。「汗をかいたから、目の前のプールで泳いでサッパリしたい」
  マネージャーに恐る恐る尋ねると「No problem」の返事。水着もタオルも用意してくれるという。大輔たちが水着とタオルを受け取ると早速更衣室に消え、僕らも部屋に戻り、水着に着替える。部屋でさっとシャワーを浴び、バスから面積の狭い黒のビキニを纏ったサワコが登場。ちょっとサイズが合っていないみたいでロケット型のオッパイがはみ出そうになっている。神聖な場所であるアンコールワットはとても入場できないが、ここはホテルだから大丈夫だろう。
  部屋を出た時にはプールから歓声が聞こえていた。大輔たちはお互い水を掛け合って、子供のようにはしゃいでいる。「仲良きことはうつくしきかな」と詠みたくなった(ただし盗作)。ホテルから借りた水着はごくノーマルなものだが、ルイちゃんのスタイルの良さが遠目からでもよく分かる。黒く焼けた肌が彼女よりスタイリッシュにみせる。一方の大輔も鍛え上げた肉体の持ち主でボディはシックスパック。
  サワコがプールに入ると、大輔から歓声が上がる。「目のやり場に困りますねえ」と日本語で言うとそういう日本語は分かるらしく、ルイちゃんが怒っている(ただしフリ)。ルイちゃんを宥めるためにも4人で水を掛け合った。ジョーだけが緊張感のない体だが、それを隠すためにも1番はしゃいだ。
  一騒ぎした後、元競泳選手(国体出場)であるサワコが本格的に泳ぎ始める。なんとバタフライ。ジョーは国体に出場したとは聞いていたが、泳ぐところを見るのは初めてで、聞いていた以上の実力にびっくり。サワコがオジサマ達に大人気である理由が分かった気がした。
 プールから上がった後、プールサイドのテラス席で飲み物を注文し、喉の渇きを癒した。朝の爽やかさが嘘のように太陽が容赦なく照りつける。その時ジョーは大輔に一つの提案をした。「さっきマネージャーに確認したんだけど、今日部屋は空いているんだって。僕が用意するから今夜は泊まって行ったら?そうすれば気兼ねく食事もできるし」
 大輔はすぐに横の席に座るルイちゃんに許可を取り、
 「お言葉に甘えせさてもらいます。ただ、僕が懇意にしているガイドが1時じゃないと空きがないみたいなんです。ですからその少し前にお迎えにあがりますね。僕らも用意があるんで一旦家に帰ります」と言って二人はホテルを出て行った。

【午睡の後、再びアンコールワットへ】
  大輔達が帰った後、急に眠気が襲ってきてジョーもサワコ部屋に帰って爆睡。‘意識が戻ったのは約束の時間の直前。再びシャワーをさっと浴びて着替えた。王宮内は極端な肌の露出は御法度なので、ジョーもサワコもパンツスタイルにTシャツ上からサマーカーディガンを羽織った。ロビーに行くと大輔たちはすでに到着していて、我々4人は社用車のランクルに乗り込んだ。カンボジア人の運転手の隣にはカンボジア人日本語ガイドのOさん。「はじめまして。Oと申します。本日はよろしくお願いします」と流暢な日本語で挨拶した。15分ほどでアンコールワットに到着し、朝と同じく橋を渡って,西塔門から境内に入る。ここでOさんのガイドが始まる。
 「アンコールワットには5つの門があります。ここ西塔門はかつては王様専用の門でした。今は私でも通ることができますけど」と言って笑う。何百回と繰り返されたOさん鉄板のツカミなのだろう、もちろん僕らも笑いで応えた。
  このアンコールワット、創建当時は黄金の王宮だったという。経年劣化などにより黄金は全て剥落した。
 容易万端なOさんはCGによる創建当時のイメージ図を僕らに示す。目の前のアンコールワットとは大きく異なるので4人は感嘆の声を上げる。大輔によればOさんは勉強熱心で、どんなことに日本人観光客が喜ぶか様々な工夫を凝らしているという。
 その後はやはり朝と同じようにそのまま参道を数百メートル歩き、伽藍の中央入り口を左に曲がり東入り口から伽藍内に入った。Oさん曰く中央口から入るより、効率がいいという。これから入る第1回廊は右回りになっているからだ。
  東入り口から伽藍内に入ると長い廊下が続いている。この伽藍を囲む廊下は第一回廊と呼ばれている。入り口から入ったすぐで右折し、右回りで第一回廊を周回するのだ。廊下の壁面にはレリーフが彫刻されている。
 それはラーマヤナというヒンズー教の神話だ。戦いの物語でラーマ王子vs魔王ラバーナ。事の発端は魔王ラバーナがラーマ王子の美しい妃を奪い去ったから。いつの時代も女の問題はプロブレムなんですな。ラーマ王子の軍隊は猿、魔王ラーバナの軍隊は鬼で表現する。元々は彩色されていたようだが、ごく一部を除いてその痕跡を確認することはできない。現在は仏教国のカンボジアだがアンコールワット創建当時、時の王様がヒンズー教に改宗しこの王宮を建設した。だからヒンズー教の神話を掘り込んだのだ。因みにヒンズー教では猿は神聖視されている。
  このようにこの王宮では基本ヒンズー教の思想が息づいているが、複雑なのは後年の王が再び仏教に改宗したため、両方の要素が混在していることだ。全体的にいえば、ヒンズー教の方が芸術レベルが高いそうで、クメール芸術の最高峰と名高い、アンコールワットに現存する様々彫刻類はヒンズー教に大きな影響を受けているのだ。
  以上のレクチャーはもちろん?Oさんによる。伽藍内は日差しを避けることはできるが、蒸し暑く既に汗だくだ。四人ともフーフー言いながらタオルで顔を拭きながらの見学になった。
  そんな僕らを見て、Oは自分のリュックから凍った4本のペットボトルを差し出す。日本でもこんな気の利いたガイドさんはなかなかいない。受け取ったペットボトルを首に当てたり、飲んだりし、ひと心地着いたところでツアーを続けた。
  その後もレリーフが続くが、場所により内容は異なる。一番興味深かったのは地獄絵図とも呼べるレリーフだ。レリーフが壁面三段に分割され、上から天国、現世、地獄に分かれ刻まれている。
 地獄は罪の種類により32種類あり、それぞれ刑罰の内容も示されている。17番目の地獄(番号が大きくなるにつれて罪は重くなる)は浮気の罪。浮気をした者が棘のある木に登らされている。これはダムロカーという木で、カンボジアでは普通に見ることのできる木らしい。何だかリアリティがある。
  Oさんの解説を大輔はルイちゃんに翻訳し続けていた。そして浮気の罪について聞いたルイちゃんは「oh, this level punishment would not stop me from cheating 」と詫びれもせず言う。ジョーとサワコは笑ったが、大輔はニコリともしない。二人の関係が分かった気がした。
  第一回廊を出ると第二回廊との間に十字回廊と呼ばれる場所があり、中央に現在は水の張ってない池がある。アンコールワットはもともと宗教施設だったから身を清めるために沐浴して宗教儀式に参加した。そして十字回廊の柱にはいくつか落書きがあり、江戸時代ここを訪れた日本人の侍が書いた落書きもあった。
   Oさん曰く「彼はここをインドの祇園精舎と勘違いしたようです。当時はまだ黄金は色が落ちずに残っていたようなので、日本のお侍さんはそう思ったのでしょう。それほどアンコールワットが壮大な建物だったということです」
 最後はガイドとしていうより、カンボジア人としての誇りに満ちた言葉だった。

Oさんの ガイドはまだまだ続く。第二回廊では外側に女神や踊り子たちのレリーフや、意匠を凝らした連子窓の説明があった。下彫りだけの未完成レリーフがあり、アンコールワットが未完成の王宮であったことを知る。12世紀アンコールワットはある程度完成したが、当時の王が戦死したこともあり、長く未完成のまま放置されていた。15世紀になって今度は仏教寺院として建設が再開されるが、その後タイの支配下に入り、遷都を余儀なくされ、忘れらた王宮になったのだった。
  案内の締めは第三廻廊。ここは祈りの場所でもあり、王のみが入室を許された場所でもある。およそ60度の急階段の先に廻廊の入り口はある。四人ともフーフー言いながらそして汗だくになりながら登りきり入室すると中央には第二廻廊と同じく沐浴するための池がある。そこから外を見上げればヒンズーの聖山である須弥山を模した中央塔が聳え立つ。高さ約65M。
 よく見ると塔には様々なレリーフが施されていて女神や神々、そして王自身のレリーフも確認できる。いずれにせよクメール芸術の真髄をここに見ることができるのだ。そして第三廻廊からの眺めは雄大だ。アンコールワット敷地内の‘全体を見渡すことができるのだ。
 ここは王の窓と称され、前述したようにかつては王だけが入室を許され、眺めることができる窓だった。
 これらの風景を含め、四人は大満足で第三廻廊をあとにしたのだった。

  結局ガイドは2時間以上になった。Oさんのガイドがなければ建物の壮麗さには惹かれただろうけれど、その魅力の三分の一も理解できなかっただろう。Oさんの日本語は少し発音に聞き取りにくい部分があったが、語彙が豊富で時に専門用語も飛び出して理解の助けとなった。
 東南アジアは魅力的な場所だけど、ヨーロッパに比べると文化的な刺激が少ないとジョーは考えていたが、Oさんのおかげで自分の無知を知ることになったのだった。約1000年前、この地には高度に栄えた文明が確かにあったのだ。現代のようなクレーンや特別な接着剤もない中、これだけの石造りの建物を建造できたことは驚異である。そしてその建造方法の多くは未だに謎のままだという。大きな知的刺激を受けた中身の濃い充実したツアーになった。

【そしてOさん、半生を語る】
ツアーは終わったが、Oさんの労をねぎらうためにも、そして自分たちの喉の渇きと休憩をするためにも近くのカフェに入った。
四人ぞれぞれが自分の言葉でOさんにお礼を言った後、ジョーは聞きたいことがあったので、Oさんに質問をした。
「失礼ですけどOさんはおいくつなんですか?」
「1968年生まれだから今年55歳になります」ジョーより少し年下だ。
「じゃあ、小学校時代はポルポト政権下?」
「そうです、小学校2年生の時、彼が首相になり、生活が一変しました」
 おそらくジョーと同じ年代の日本人観光客から何度も質問されたのだろう、ボツボツと自分の半生を語り始めた。その内容は次のようなものだ。

・小学校2年生の時、突然学校が閉鎖され、農場で朝から晩まで働かせられたこと。
・家族とは離れ離れになり、同年代の子どもたちと集団生活を送ったこと。
・食料が十分でなく、仲間の多くが餓死したり、病気になって死んだこと
・Oさんの両親は大学の教員であったので、特に過酷な環境下に置かれたこと     
・二人は最終的には 銃殺されたこと(銃殺されたことは目撃した叔父から後で聞いた)
・ポルポト政権が崩壊した後も十分な教育を受けられなかったこと
・他のカンボジア人と同様、農民になったが、ずっと学校に行きたいと思っていたこと
・1990年代農業指導に来た日本人ボランティアから日本語も習ったこと
・日本政府の支援でシェリムアップの日本語学校に入り、日本語を習得、ガイドとなったこと
・今は日本語学校でカンボジア人に日本語を教えながらガイドで生計を立てていること
 
 他人の半生を自分のそれと比べるのはある時に不遜な行為になるとジョーは思う。しかし余りに運命の違いに自分は恵まれていたと思わざるを得ない。
 おそらくOさんの知性は両親譲りなのだろう。そしてOさんは自分の夢を二人の息子に託す。いわゆる教育パパで「自分の息子たちはどうしても大学に、できれば医学部に入れたい」という。
 大輔によればカンボジアの大学は学力の難しさもさることながら経済的な壁もあるという。特にOさんが息子を入れたがっている医学部は学力だけでなく、経済的にもさらなるハードルがある。カンボジアで医者になるためには医大を卒業するだけでなく、基本的にはフランス留学が必須だからだ(そのためカンボジアの医者は上流家庭の子息が多い)。
 大輔のすごいところはジョーのように上部だけの同情をするだけではなく、Oさんを自分の会社に雇い入れ、研修と称して東京に連れていく計画があることだ。大輔はお金の匂いに敏感なハイエナのようなビジネスマンだが、少なくともジョーよりも遥かにお金の使い方を知っていると思った。
  ジョーは自分の股間並みに小さくなって二人の話に耳を傾けたのだった。
  
 ツアーの最後に近くの小高い山に登りシェリムアップ平野に沈む夕陽を見た。直前にスコールがあり、雲がかかり、夕陽がよく見えなかったのは残念だった。そして社用車でホテルまで送ってもらい、多めのチップを渡してOさんと別れたのだった。非常に充実したアンコールワットを堪能できたツアーだった。(ごめんなさい、続きます)

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