恋愛ワクチン 第百十話 善と悪(14)

菜緒ちゃんの話を聞いて、人生観が変わった娘がいる。
B子ちゃんだ。
B子ちゃんは参謀兼秘書なので、私は何でも相談する。
これまで書いた菜緒ちゃんのエピソードも、私が感じたことも、逐一報告済みである。
B子ちゃんもまた、詳しくは彼女が嫌がると思うので書けないのだが、親との関係性がきっかけでパパ活の世界に入った。
私が「菜緒ちゃんのトラウマの再演に付き合ってしまう理由は、性欲に突き動かされてとしか説明が出来ない。自分は女の子たちにお金や精神的サポートを同時に提供しているという自負があったのだが、それが崩れてしまった」という話をB子ちゃんにしたところ、B子ちゃんは少なからずショックを受けたようだ。
私がそういう汚い存在であると告白することが嫌なのかと思ったが、必ずしもそれだけでは無さそうだ。
とにかく何か受け入れ難いものがあって、B子ちゃん自身もそのこと深くは考えたくなかったのだろう、とりあえずはこの件に関してB子ちゃんは思考停止することにした。
次に私は「菜緒ちゃんは理解してくれようとする人に出会えて、そこは嬉しかったと思う」というB子ちゃんの意見を取り入れて、菜緒ちゃんをいろいろ性的に弄びながらも、その奥底のトラウマについてさらに理解しようと努めた。
これは菜緒ちゃんにも私にも良い効果を与えたようだ。
菜緒ちゃんの役に立っている実感がある。
「性欲だけ=悪」から、少しだけ善の方向を目指せている。
その話を聞いたB子ちゃんは少しだけ「安心」した。
それと同時に、B子ちゃんは、菜緒ちゃんと私との関係性について、自分にとって何がどう抵抗感があるのか、考え始めたようだ。
私は当初、私自身の性欲が根源にある、という話を聞いて、B子ちゃんが私に幻滅した、あるいは、B子ちゃんがこれまでの二年間かけて築いてきた私との関係性、すなわち寵愛の一部を、ぽっと出の菜緒ちゃんに切り取られる、そこが嫌なのだろうかと推測したのだが、その二つとも的を外しているらしい。
B子ちゃん「『病み営業』って知ってますか?」
マックさん「闇営業?」
B子ちゃん「そっちじゃなくて、水商売や風俗で女の子が精神的に病んでて、そこに同情するタイプの男性客を引き寄せる手法です」
マックさん「ああ、そっちの『病み』か」
B子ちゃん「菜緒ちゃんって、無自覚で『病み営業』出来る娘なんですよ」
マックさん「ていうか、菜緒ちゃん本当に精神科にかかってて病んでるし」
B子ちゃん「そこは問題じゃないんです。むしろ、病んでることが設定(嘘)でパパ活やってる娘なら、私は今回のことでショック受けなかったです。なぜかというと、私自身が過去に本当に病んでたっていうか、自分の不遇な境遇を必死で周囲に訴えて、生きてきた過去があるから。」
マックさん「うーん、よく分からないな・・」
B子ちゃん「菜緒ちゃんの話を聞いていると、まるで昔の自分のようで心がざわつくんですよ。自分としては必死に、それこそ本当に毎日生きるために周囲に訴えて、誰か耳を傾けてくれる人を見つけて頼ってすがってきたんですが、それって無自覚ではあっても、やってることは『病み営』と変わらないんだな、っていうことを見せつけられているようで」
マックさん「ああ、なるほど」
B子ちゃん「私がマックさんや、他のパパさんたちに、学費のことや色々苦しいことを訴えてパパ活してるのって、結局は菜緒ちゃんと変わらない。だけど私の中には、菜緒ちゃんに対して厳しいこと言いたくなってしまう自分もいるんです。だけど、それはブーメランであって自分自身に刺さってくる、だから菜緒ちゃんのことは考えるの止めよう、ってなるんです」
マックさん「『厳しいこと』ってつまり、『もう子供じゃなくて成人しているんだから、他人に頼るのやめようよ。それって病み営と同じだよ』みたいな感じ?」
B子ちゃん「違います。頼るのはいいんです。過去に辛いことがあってそれを周囲に理解してほしい、助けてほしいと思うのは自然なことだし、むしろ、SOSを他人に対して出せるようになったことは素晴らしいと思います。頼り方が問題で、『私は壊れていくかもしれない』とか自身の壊れやすい脆い精神を最初に見せて、同情や可哀想、助けてあげたいという気持ちを引き出す手法、他人の不安感を利用して人間関係をコントロールして無理やり寄りかかるやり方が『病み営』っぽいんです」
そういうことか。
B子ちゃん「マックさんが菜緒ちゃんの『無自覚な病み営』にどんどん沼っていくんじゃないかと、私はそれが心配です。私もA子ちゃんも、辛い境遇の中で、頑張って一人でなんとかやっていこうとしているし、多分やっていけるじゃないですか。だけど、菜緒ちゃんは本当に病気があるとしたら、私たちみたいには頑張れないかもしれない。そうしたら、マックさんはどこまでも嵌まってしまうんじゃないかって」
マックさん「いや・・これ、B子ちゃんに語っていいことなのかどうなのか分からないけど、本当にこれは救いようが無いなと思ったら、たぶん僕はあっさりと縁を切って逃げ出すよ。僕はそういう人間だから。卑怯なようだけど『天は自ら助くる者を助く』って言葉を信じてる。自分の力で助かろうとする娘の傍で寄り添うのだけが好き」
B子ちゃん「『病み営』ってまさにそういう男性がターゲットなんですよ。助けられそうに思わせる。菜緒ちゃんは無自覚だけど、それやってるような気がするんです」
そうか。
B子ちゃんに菜緒ちゃんの話をするたびに、これまで他の娘の話をした時とは何か反応が違うなと感じていたのは、そういうことだったのか。
しかし、私の目には、B子ちゃんが精神的に成長した証のようにも見える。
これまで、誰かの助けを借りなければ、文字通り生き延びることが出来なかったであろう、壮絶な過去を抱えるB子ちゃん。
人生を比較することなんて出来ないが、B子ちゃんの生立ちは菜緒ちゃんに勝るとも劣らない。
そんなB子ちゃんは、子供のころからの延長として、パパ活においても、ごくごく自然に無自覚に「病み営」をしていたわけだ。
マックさんもまたその営業を受けていた。
しかし、それではいけない。成人した以上は、これからは誰かに情けを乞うのではなく、自分自身の力で、お金を儲けるにしろ、人間関係を構築するにしろ、自立してやっていかなければならない、そのことを菜緒ちゃんというある意味自身の鏡を覗くことで、はっきりと自覚したのではないだろうか。
マックさんが自己の内面に救う性欲という魔物を、菜緒ちゃんという鏡に映して見たように、B子ちゃんは自分の中の「無自覚な病み営」のずるさ、醜さを見てしまったのだろう。
不遇な環境に置かれた可哀想で弱い私。
それは「善」とまでは言わないが少なくとも「悪」では決してなかった。
しかし「病み営」は悪だ。
私と同じようにB子ちゃんは自分の中の「悪」に気が付いてしまった。
私とB子ちゃんとの関係性は、これまでとは少し異なるものになっていくのかもしれない。
B子ちゃんは自立していくだろうし、私はきっと少しだけ寂しい思いをする。
まるで実の娘を育て上げた父親の気分だ。
パパ活の関係はまだしばらくは続くだろう。
まだまだ、人生の相談相手としてB子ちゃんには私が必要なはずだし、私も枯れつつはあるけれど性欲は残っているから。
(続く)

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