恋愛ワクチン 第百六話 善と悪(10)

ラインのやりとりは続く。

マックさん「なるほど、単に流されやすいだけでしたか。
現在すでに寛解方向に向かっているわけですね。それならそれを維持した方がベターかもです。
再演が『自己治療の試みとして行われる』と書いてあったので、たぶんですが無意識の私自身の欲望もあって都合良く解釈してしまいました。
私は助平心もありますが、他人を不幸にしてまで快楽をむさぼりたいという人間では決して無いので、今後の関係性どうしましょうか?
基本は菜緒ちゃんの病状が私と交際することで悪化するかどうかです
もし菜緒ちゃんが私との縁を切っても結局パパ活続けて流されて行ってしまうなら、まだ私の方がましなんじゃないか、って気はします。
その教師じゃないけど悪い男多いから。
菜緒ちゃんがパパ活やめる、もしくはお食事デートに徹するってことならおとなしく身を引きます。
菜緒ちゃん次第。」

優しさを装った性欲。
文面だけからは判別できない本音。
今回のコラムではこれが書きたかった。
自分は優しい人間でも何でも無い、ただ少しだけ言語表現に長けた、性欲の塊に過ぎなかったのだ。
不思議と自己嫌悪も何も無い。
淡々と「ああそうだったのか」と客観視している自分がいる。
いや、ここで自己嫌悪が生じないところこそが、決定的に自分が優しさ(善)ではなく、性欲の塊(悪)であることの証明なのかもしれない。
菜緒ちゃんから返信が来た。

菜緒ちゃん「よろしいのですよ…
もっと欲望を解放してくださって…。
△さんの果てのない欲望の根底には、△さんの満たされなかった幼少期、青年期が大きく関係していると思います。
私はそういった△さんの過去も現在も未来も含めて△さんの総てを抱擁し接吻し、愛していきたいと思っております。
私としては、このまま△さんとの関係は続けていきたいなと思います。ただ時に私側の家庭などの都合でお会いする頻度は減る場合もあるかもしれませんし、解離が悪化して突然失踪するかもしれません。
△さんとの時間をもっとたのしめるように、△さんのために2万円分のラブコスメを買いました。
次回お会いする時にお持ちします。」

菜緒ちゃんは「再演」へと一直線だ。
私は菜緒ちゃんに選択させた。菜緒ちゃんが自分の意思で選んだのだ。
というのは表面上のことで、実際は菜緒ちゃんの理性ではなく、無意識が彼女を動かしてのことだと承知している。
私も返信した。
もちろん性欲に突き動かされた「善」の顔をした言葉によってである。

マックさん「それなら良かった。
また私が都合良く話作っていたら申し訳無いけど、私との関係性って、菜緒ちゃんの恋愛リハビリになるんじゃないかと思うんですよ。
普通なら同世代と楽しく交際していた十代が抑圧されちゃってたわけだからそれを取り戻す準備。
あと、私も青春時代に出来なかったことをしたいって思いは確かにあって、そこを労ってくれる姿勢は、菜緒ちゃん主体だから、自立した恋愛、男女関係の練習に良いような気がする。」

この後もしばらくやり取りが続いた。
書きながら、そして今ラインの文章をこうして転記しながら、自分の内面というものがとてもよく理解出来た気がしている。
これまで、自分はパパ活とはいっても、出会った女の子たちに何かしら善行(お金が大きく、次に精神面でのサポート)を施している、だからパパ活をしてはいても、自分の本質は善だと信じてきた。
今回の件で、どうもそうではなく、悪とまでは言わなくても、単に性欲そのものであることが明白になった。
私がパパ活をしている理由はただ一つ、何とかして好みの若い女の子とHなことをしたい、そういう必死の思い、ただそれだけからということだ。
さらには、こんなことさえ思いついた。
ー過去に性的虐待を受けてトラウマを負った若い女性の皆さん、皆さんの中には『再演』と言って、過去と同じ状況に身を置いてしまう、そういう性向を持っている方もいるでしょう。そのことに悩んでいる方に私が力になりましょう。その時の状況になるべく近い形で、しかし絶対に安全だという状況で、私が『再演』の相手役になってあげます。レイプされたなら、レイプによく似た、しかし安全なプレイをすることで、その時に発散できなかった感情を思いっきり出して昇華させて、トラウマから解放されませんか?
トラウマとなった行為に少しずつ触れて慣れさせていく(馴化)といった内容ですが、性的外傷の場合は、医学的な治療法としてこれを行うことは倫理的に困難でした。しかし私ならこれを行えます。いかがでしょうか?ー

こんなサイトを作ってみたらどうだろう?
「再演」に魅かれる、過去に性的外傷を負った若い女性たちが、「治療」を希望してくるのじゃないだろうか?
そしてその娘たちが過去に味わったトラウマを、加害者役として手加減しながらではあるが味わうことが出来るわけだ。
それも「善」の人として。
私は言葉が巧みだ。相手を誘導する能力がある。
前半で描写した菜緒ちゃんは、大人こそ拒んでいるものの、それ以外はとても官能的で魅力的とは言えないか?
紹介してくれた知人のように違和感を感じて距離を置く向きもあるだろうが、上手に「再演」させれば、男性はとても美味しい思いが出来る。
その一方で、菜緒ちゃんは再演によって、さらに深いトラウマを重ね、症状が悪化する可能性が高い。
それにも関わらず、私は巧みに誘導して、自分の性欲を満足させる方向へと導いている。
そうか、私の本質は悪だったんだ。
自分でも気が付かなかったよ、本当に。
お金に困っている娘に対してはお金を渡せば善と言える。
精神的な支えを求めている女の子には、頼もしさを与えることが出来る。やはり善とみなせる。
しかし「再演」の相手を求めて来る子の場合は誤魔化しがきかない。これに応じることは決して善では無い。
―この世界には、善意から生まれる悪意がある。悪意から生まれる善意がある―
善意の顔をした悪意と、悪意から生まれる善意。
まるで玉ねぎの皮を剝くように、善と悪とが交互に現れる。
ややこしい話のようだが、実はそうでもない。
「自分は悪である」と自覚した時、人の心には新しい「善」が生まれる。
自分の中の悪という本質を自覚することで、少しだけ振る舞いが控えめになる。自分の中に潜む野獣を認めることは野獣の扱い方に慣れる第一歩だろう。それが新しく生まれた「善」だ。
その「新しく生まれた善」ゆえに、今私はこのコラムを書いている。
男性の皆さん、今目の前にいて、あなたのペニスにむしゃぶりついている娘は、お金が欲しいわけでも、性欲が強いわけでも、あなたに好意を抱いているわけでも無い、トラウマの再演をしているのかもしれないですよ。
女性の皆さん、あなたはパパ活をすることで、無意識のうちに過去のトラウマの追体験を試みてはいませんか?
それを伝えることで百分の一くらいは贖罪になるかもしれないと思ったから。
(続く)

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