恋愛ワクチン 第九十七話 善と悪(1)

―この世界には、善意から生まれる悪意がある。悪意から生まれる善意がある (コードギアス)―

菜緒ちゃんは20才、処女で過去に彼氏がいたことも無い。
「Hするのは結婚相手とだけです。私と結婚したいって言ってくれた人のために取っておきたいです」と言う。
「たとえ一億円出すと言われても、処女を売るつもりはありません」とも。
今どきこういう価値観の娘もいるんだ。
いや、ひょっとしたら、交際慣れしてしまった私の感覚がおかしくなっているのかもしれない。菜緒ちゃんの考えの方が、まだまだ世の中多数派なのかも。
マックさん「うん、そこはよく分かったよ。しかしそうだとすると、僕たちは菜緒ちゃんと交際することで、どんな良いことがあるのかな?」
菜緒ちゃんとはユニバースでの出会いでは無い。マックさんの知人でアプリをやっている男性がいるのだが、彼が見つけてまずは顔合わせデートをした。
大人する気は全く無いのだが、何か惹きつけるものがある。
それで、マックさんならそのあたりを引き出せるかもしれないと考えて、二回目のお茶デートはマックさんも同席と言うことになったのだった。

最初に書いておくけど、今回のお話「またいつものマックさんの処女攻略話か、いいかげん飽きてきたよ」と思ったら大間違い。
とんでもなく深い話だから心して読んで下さい。

知人男性「この子、大人はしないそうなんですが、なんか媚びて来るっていうか、自分から『ハグして欲しいです。まだ男性とハグしたことが無いんです』とか言って来るんですよ。不思議な娘です」
事前にそう知人男性からは聞かされている。
マックさんの質問に菜緒ちゃんが答えた。
菜緒ちゃん「はい、私も学費が必要だし、Hは絶対にしないと決めてはいるんですが、こうしてパパ活に足を踏み入れた以上は、自分に出来る限りのことはしたいと考えています。そこは決意しています」
マックさん「実は僕、前に同じような処女の娘がいて、その子は親がキリスト教徒で貞操を重んじる教育されたからって言ってたかなあ、とにかく挿入はしたくないけど、それ以外だったらむしろ色々経験してみたい、色んな世界を覗いてみたいっていうことで、ハプニングバーに連れて行ったり混浴温泉にいっしょに行ったりしたけど、そういうのは出来るのかな?」
菜緒ちゃん「ハプニングバー良いですね、行ってみたいです」
知人男性「えー?行ってみたいんだ。ハプニングバーってどんなところか知ってるの?」
菜緒ちゃん「はい」
マックさん「処女だけどHなことは興味があってネットでそういう話読んだりしてるのかな?もうちょっと聞いてもいい?一人エッチってする?」
菜緒ちゃん「いいえ、したことが無いです」
マックさん「一人エッチはしたことないのに、ハプニングバーは知ってるの?」
菜緒ちゃん「はい」
マックさん「面白い子だなあ。ぜひ一度連れて行ってみたい。夜は何時まで大丈夫?門限とかある?」
菜緒ちゃん「9時くらいまでには帰りたいです、それより遅いと親に怪しまれます」
マックさん「ハプバーは8時から始まりだから難しいなあ。じゃあ混浴温泉にしようか。今週末のお昼は空いてる?」
菜緒ちゃん「はい、大丈夫です」
マックさん「あと、もう一つ確認しておきたいことがある。失礼だったら申し訳ないけど、お互い初対面で理解し合うのに必要なことだから正直に教えて欲しい。雰囲気に不思議な違和感があるんだけど、ひょっとして精神科とか通ってない?」
菜緒ちゃんはとくに気を悪くした素振りも見せずに答えた。
菜緒ちゃん「よく分かりますね。はい、今休学中なんですが、実は『解離性障害』っていう持病があって、どういうものかというと、ときどき記憶が飛んだり、自分が自分じゃないような気がしてきたりするんです」
マックさん「そうなの。正直に教えてくれてありがとう。ただ、僕たち偏見があるわけじゃないけど、妄想とかが出る娘で、あとで色々話がややこしくなったら困るんだけど、そういうところはどうなんだろう?」
菜緒ちゃん「そういうのは無いから安心してください。妄想とか一般的に言うメンヘラとか、そういう他人に迷惑をかける症状は出ませんから」
微笑しながら答えた。
その日はそれで解散。私は仕事があるので先に帰ったが、あとから聞いたところによると、美緒ちゃんはその後、再び知人男性にハグを求めてきたそうだ。それも人目のある街角で。
菜緒ちゃんは知人との初デートのときに人生初の男性とのハグを経験している。二回目デートでもそれを求めてきたのだが、知人男性としては、精神科の話も聞いてしまって気味が悪くなったし、その先のHに発展しそうにないので、はぐらかして別れたとのこと。
知人男性は三回目会うつもりはもう無い。マックさんにバトンタッチである。
さて週末、約束の混浴温泉行きの日が来た。
菜緒ちゃん「こんにちは、今日はよろしくお願いします。これお土産です」
箱入りのお菓子を持ってきてくれた。
眼はキラキラと輝いている。先日3人で顔合わせしたときも感じたけれど、期待に満ちている。
知人男性もまた、そこに魅力と可能性を感じて二回目会ったのだった。
菜緒ちゃんを助手席に乗せて、これから約一時間のドライブ。
マックさん「半島の先にある温泉旅館の日帰り入浴だから、途中景色が綺麗だよ。楽しんでね」
菜緒ちゃんは運転席のマックさんの横顔をじっと見ている。
菜緒ちゃん「あのー、お願いがあります」
マックさん「何?」
菜緒ちゃん「ちょっとお顔を触らせていただいてもいいでしょうか?」
マックさん「別にいいけど・・」
男性がよほど珍しいのかな?
菜緒ちゃんは顔をマックさんに向けたまま片手で髪の毛から耳のあたりを触ってきた。
菜緒ちゃん「綺麗なお顔立ちですね」
マックさんは還暦過ぎだ。いろいろ手入れはしているので同世代よりは若くも見えるが、さすがに「綺麗なお顔立ち」なんて言われたことは無い。
思わず笑いがこみ上げてきてしまった。
まあだけど、悪い気はしない。
車は高速道路に入った。
菜緒ちゃんは相変わらずこちらをじっと見ている。
耳や髪の毛も触り続けている。
もう15分くらい経った。
マックさん「そんなに男の人が珍しいのかな?」
菜緒ちゃん「そうですね、こんな風に間近に見たのは初めてです」
マックさん「だんだん田舎の景色になってきたよ。小高い丘や田んぼや畑が続いて眺めが良いから、景色も楽しんでね」
菜緒ちゃんは何も言わない。
ただマックさんの方に顔を向けて、髪の毛や耳の辺りを触り続けている。
不思議な娘だ。
(続く)

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