通り過ぎた女性たち 1 宇宙倶楽部篇
【まずは本コラムの口上から】
どんな人にもモテ期というものがあるらしい。「らしい」と書くのはジョーにはそんな「期」があったためしがなく、経験したことがない故「どんな人にも」というのは間違っていると思うからだ。何事にも例外があるはずで、残念ながらジョーは例外なのだろう。ジョーは今年還暦を迎えるが、そのような「期」が今更やってくると思えないし、万が一やってきたとしてもそのお相手はシワがやや多めな妙齢の女性であって、ジョー好みの甘美な悪臭が漂う美女ではないだろう。そしてジョーが宇宙倶楽部に入会したのはモテ期がやってきたことのないオッサンだったからだ。つまり入会さえすれば美しい女子と目眩く交際ができると信じ込んで(←バカ)入会した。
先日、改めて宇宙倶楽部のプロフィールを見て驚いたのだが、ジョーは2017年に入会している。まもなく丸7年が経過しようとしているのに、真の意味で目眩く交際ができたことはない。だからこそ「次は運命の人に会えるかも」と思って退会せずに継続しているのだろうけれど。そして今年もまた懲りずにというか、性懲りもなくというか、おそらく更新するだろう。そういう意味ではジョーはまあまあ優良会員だからぜひ表彰してほしい。
今回のタイトルを「通り過ぎた女性たち」としたのは他でもない、この駄文は宇宙倶楽部でジョーがオファーし、かつ愛想をつかされた女性との忘備録だ。前述したように今年還暦を迎えるので、この種の活動?も引退が迫っているだろうからこんなものを書いてみる気になった。少しでも同類のオトウサマ方のお役に立てればと思っている。ただし、愛想をつかされた理由は一つだけで要するに金銭問題だからあまり期待せずにむしろジョーの惨敗ぶりを楽しんで頂こう。
【多摩蘭坂、コニーの場合】
コニーにオファーしたのは入会したての頃、つまりは7年近く前だ。顔をよく思い出せないのは、時間の経過だけでなく、その別れ方の方が大きな理由だ。今なら理解できるけれど、その当時はオトウサマ活動初心者で、女性が忽然と目の前から消えることに慣れていなかった。だから黒歴史としてジョーはコニーの記憶を抹消しようとしたのだ。
後述する理由で、ネット検索すれば彼女の画像は出てくるだろうけれど、その画像を見ても記憶の像が結ばないかもしれない。だからRCの「多摩蘭坂」を口ずさみながらオサム君の新居を目指して魚藍坂を登りきった辺りでコニーとすれ違ったとしても気付かないだろう。ただしジョーの音程を外れた歌声が最後のフレーズである「♫キスしておくれよ、窓から」を熱唱している時にすれ違ったらコニーの方から歩みを止めて声を掛けてくるかもしれないが。
これは一度書いたことがあるけど、今は亡き姉から「あんたはつまんないこと覚えている癖に、肝心なことを忘れるのね」と揶揄されたものだ。当時は反論できなかったけど、今は「オネー、それは僕のいいところだよ」と言い返したい。だからという訳でもないが、コニーの顔は覚えていなくても最初のオファーで彼女とどこに行き、最初に彼女が何と言ったかはよく覚えている。
コニーとは銀座のハズレにある、その後ジョーの定宿になったホテルで待ち合わせをし、タクシーで資生堂パーラに移動した。ランチタイムだった。コニーの第一声は「私のことはコニーって呼んで」だった。
ジョーにとって「コニー」は男子っぽい名前だったから内心、「ちょっと呼びにくいなあ」と思ったのがその第一印象だ。
コニーは影のある美人だったが、初対面の印象はあまりよくなかった。快活とは言い難がったかったし、プライベートなことは一切語ろうとしなかったからだ。ジョーは女性のプライバシーを根掘り葉掘り聞くタイプではないと思っているが、何もかも秘密にされると会話が続かない。それでも逢瀬を継続できたのは、コニーには食事の好き嫌いがなく、お酒も強かったし、ジョーが案内するレストランをどこでも喜んでくれたことが大きい。結果として徐々に距離が近づいてき、お互いのパーソナリティを少しずつ知っていった。その過程でセックスの相性も悪くないことが分かってきたし、二人ともランチタイムの方が都合がいいというのもあって、逢瀬を重ねたのだった。近しい関係になっても相変わらずコニーは自分自身のことを積極的には語ろうとしなかったが、会う時の楽しさが秘密主義を上回った。
会うのはいつもランチタイムだったから、ある時ジョーが「たまには夜に会おう」と提案するとコニーは「国立においしいフレンチがあるからそこでなら」と逆提案をした。おいおい、なぜ国立?とか、いろいろ聞きたいことはあったが、追求してもコニーは答えないだろから何も尋ねかった。ジョーは中野生まれで高校まではそこに住んでいたから中央線で行けるところには抵抗感が少ない。国立は高校の頃、数回行ったことがあるだけで、噂で聞くその変貌ぶりも見たかったので、承知した。
【コニーの告白】
待ち合わせは国立駅。予想はしていたけれど、駅舎は改築されていて昔の面影は少ないし駅周辺には昔はなかったマンションが立ち並ぶ。それでも他の地域に比べれば落ち着いた街並みを維持している方だと思った。
案内されたフレンチレストランは舌の肥えたコニーが推奨するだけあってすごく美味しくて、料理に合わせたワインも進んだ。ジョーは元々フレンチはあんまり得意でなくて「鳩とかカタツムリとか食べる必要ある?」と思うタイプだ。しかしここはジョーのフレンチ観を覆すレストランだった。今でもこの時ほどおいしいフレンチを食べた記憶がない。
おそらく、国立はコニーの地元なのだろう、いつもよりリラックスし、饒舌だった。珍しくというより、初めて自分自身について語り始めた。
それによればコニーは元々舞台女優を目指していたという。父親が経営者で金銭的な余裕があったので、小さい頃からあらゆる習い事をしていた。いくつかの選択肢があったが高校卒業後、単身ニューヨークへと飛び、舞台女優を養成する学校に入学した。しかしその途中で父親の経営する会社が傾いて、月謝が続かなくなりアメリカで舞台に立つ夢は諦めざるを得なかった。
夢半ばで帰国すると両親は離婚していて今度はコニーが母親の面倒をみることになった。それからは自分の運命を自分で切り開く生活が始まった。宇宙倶楽部に入会したのもその一環である。
とここまでをコニーは一気に捲し立てた。まるで喉に刺さった魚の小骨が取れたかのように。今までの秘密主義はなんだったんだろう?
そしてコニーは告白を続ける。
「私の主な収入源はAVなの」
全く驚かなかった。ジョーが最初にオファーした女性もAV女優だったし、今までオファーした女性のうち6名がAV女優だったからだ。今でも宇宙倶楽部にはAV女優だとかセクシー女優だという女性がチラホラいるが、昔はもっと多かった。
ジョーはAV女優ということでオファーすることはない。ジョーのオファーしたAV女優はいずれもプロフィールには載せていなかった。つまり隠れ?AV女優で、現在の宇宙倶楽部でもその存在は少なくないと思っている。
しかし一口にAV女優と言ってもピンキリでそのほとんどは「なんちゃってレベル」だろう。ジョーの会った女性も4人はそのレベルで、2人がファンクラブもあるほどの女優だった。そしてコニーはその二人のうちの一人だった。
理由は分からないがその日のコニーは今までの秘密主義がウソのようにあれこれと語り始めた。
コニーはAV女優としてかなりの稼ぎがあるようで、地方都市にではあるが、駅前の新築マンションを母親にプレゼントしたという。しかも即金で。値段ははっきり言わなかったが、3,000万強だったようだ。業界の事情には全く疎いけれど、即金で3,000万出せるAV女優はそう多くはないだろうと思う。その時コニーは20代だったけれど、少し老け顔だったからなのか、人妻が売りのAV女優だった。実際コニーは既婚者であることもこのとき知った。夫は20以上年上で(それでもジョーよりは若いが)最初はパトロンの一人だった。結婚する気はなかったけれど、相手がどうしてもと望むので、承諾したが、後悔しているという。夫の金廻りが昔ほどでなくなったのも理由の一つだ。離婚するためにも新しいパトロンを見つけたくて宇宙倶楽部に入会したのだった。AV業界に様々な規制が入り、作品数が少なくなっただけでなく、出演料も減り、昔のように稼げなくなったのも入会の動機になった。
そこまでコニーの話を一通り聞いて、ジョーでは全く役不足だと思った。しかしながら当時はまだ、宇宙倶楽部女子が突然消え去るとは思ってもみなかったから役不足は役不足なりに楽しい時間を共有できると思っていた。つまりしばらくこのまま交際を継続できると思い込んでいたのだった。そしてコニーが自分のプライベートを明け透けに語った理由は今でもよく分からないがこの時点でジョーの前から消えるつもりだったのかもしれない。そうでなければこの後、ジョーを自宅に案内したことの辻褄が合わない。
美味しいフレンチレストランの後は、コニーが馴染みだという小さな店でグラスを傾けていた。国立が地元だろうにこの界隈を二人でうろちょろするのは問題はないのだろうか。その点を指摘すると、コニーは「今日、旦那は居ないから。金策で地方に行っているから」とあっさり答える。いや、そういう問題じゃないだろうにというジョーの指摘に、「いいの、いいの、」とだけしか言わない。これ以上押し問答をしても埒が空かないと思ったので、話題を変えることにした。
「多摩蘭坂ってこの近く?」
「そうよ。歩いてもすぐのところ。もしかしてRCのファン?」
「熱心なファンじゃないけど、好きな曲がいくつかある。『多摩蘭坂』は好きな曲の一つだね」
「じゃあ、これから行ってみようか!坂のそばに自宅があるし。帰りがけにうちに寄ってコーヒーでも飲んでいく?」
「コーヒー云々」はシャレだと思ったので、返事をせず多摩蘭坂を目指して二人は店を後にしたのだった。
【夜の多摩蘭坂】
結論から書けば、多摩蘭坂は東京ではあちらこちらに見かける急な坂の一つで、バスが走り、月のない夜ということもあって、歌詞をイメージするのは難しかった。そもそも歌詞によれば「🎵多摩蘭坂を登りきる手前の坂の途中で家を借りて住んでる」はずの清志郎だが、当時坂の両側は空き地だったとコニーが教えてくた。本音を言えば知りたくない情報だ。さらに言えば、その日は曇りだったので前述したように「のぞいている」はずの月も見ることができなかった。それでも「たまらん坂」の標柱やこちらは漢字表記の「多摩蘭坂」バス停を画像に収めることができたのでエセファンとしては十分満足だった。
その日はセックスをしない予定だったので、ジョーは国分寺のビジネスホテルを予約していてこのままタクシーを拾ってホテルへ帰ろうと思っていた。するとコニーは宣言通り?「家はすぐそばだから寄っていって」という。それでも躊躇しているとコニーは「旦那は今地方にいるし、AVみたいな展開にはならないから」とニヤリと笑う。その不敵な笑顔とどんな家に住んでいるか見てみたいという好奇心に抗う事ができず、ジョーはコニーの後をついて行った。
【ベランダのない白い家】
コニーの言う通り、家は多摩蘭坂から数分の所にあった。小さいながらも庭付きで、そこから建物に向かっている光るライトが建物を美しく映し出している。周辺も豪華な一軒家が建ち並んでいたが、どの家よりも目立っていた。
ライトによりぼんやりと浮かんでいるベランダのない白い家は宣材写真に出てきそうなモダンでスタイリッシュな家だった。設計士と相談しながらコニーの意向をふんだんに取り入れたという。中に入ってみると1階と2階が吹き抜けになっていて、寝室やバスルームなどはすべて1階に集約されている。そして2階に上がるとダイニングとリビングが一体となったスペースが広がる。キッチンは奥まった所にあり、調理道具などはすべて収納されていてガス台がなければキッチンと気が付かないかもしれない。コニーがこだわったのは生活感のなさで、お気に入りの調度品がすべて彼女の明確な意志のもと配置されていた。彼女の狙い通り生活感は確かに微塵も感じられないが、旦那さんはここで暮らすことに息苦しさを感じているのではないかと思った。ジョー自身がここで暮らすイメージが全く湧かなかったからだ。
ジョーはヨーロッパ製だというテーブルの椅子に腰掛け、コニーが淹れてくれたコーヒーを飲んだ。コーヒーカップにはお手製のクッキーが添えられていた。
「それにしても素敵な家だね。君のセンスの良さが光っている」
ジョーの本音は別にあったが、相手が一番望んでいるだろうことを言った。
「ありがとう。でもまだまだ変えたいところが一杯あるの」
「じゃあ、それはこれからの楽しみだね」
ジョーの言葉にコニーが顔を曇らす。
「それができないの。旦那がここを売るつもりだから」
旦那が経営する会社が傾き、万策尽きかけているという。旦那からここを売ることを提案されたので、コニーは離婚を決意したのだった。
「旦那は近くにそれなりのマンションを借りるっていうけど、ここは私にとって替えの効かない家なのよ。それを旦那は分かってない」
コニーはキッパリと言い切った。そこには強い意志が感じられ、それを覆すことは誰にもできないだろう。
その後もしばらく四方山話を続け、まあまあの時間になったので、コニーにタクシーを呼んでもらって、家を後にしたのだった。期待していた訳ではないがもちろんAVのような展開にならなかった。しかしながらこれが最後の逢瀬になるとはその時、ジョーは夢想だにしなかった。
【魚藍坂を登りきる手前の坂の途中のマンション】
いつもはすぐに返信をくれるコニーだが、ジョーの送ったLINEが既読になることはなかった。今ならすんなり諦めて、アカウントを削除するところだが、連絡なく立ち去るとは思ってもみなかったので、その後もLINEを2通送った。しかし結局どれも既読になることはなく、ブロックされていることを知ったのだった。
ジョーが少しの間、コニーに拘泥したのは、最後の逢瀬で彼女が相当な部分のプライバシーを明かしたからだ。それは彼女との距離がグッと近くなったと勘違いさせるのには十分な内容だった。しかしコニーがプライバシーを明かしたのはジョーとの距離を近づけたいからではなく、遠ざけたかったからだったのだろうと今では思う。ジョーのお手当は高額とは言えなかったし、他にパトロンを見つけたのかもしれない。
いずれも推測の域を出ないが、だからこそジョーは自分に都合のいいように解釈している。最後の逢瀬でプライバシーを明かしたのは既にもう会わないことを決意していたコニーのジョーに対するせめてものお礼の気持ちだったというものだ。我ながらやや無理筋だけど、こう考えることで心の平静さを取り戻せるならそれもまたアリだ。
そして記憶の中から封印していたはずのコニーを思い出したのは、まさに多摩蘭坂を口ずさみながら、魚藍坂を登っていた時だった。目指すはオサム君の新居。
この度、オサム君は若い、美しい奥さんを貰い、彼女のリクエスに答えてここにマンションを買った。中古物件だが、数千万をかけて内装を改装したので恐ろしい金額になったとオサム君はこぼしていた。そもそもオサム君は「収益を生まない不動産を買う輩はアンポンタン」という思想の持ち主だが、若くて美しい魅惑的な新婦の「港区に住みたい」という希望に抗うことはできずに長年の信仰を宗旨替えしたのだった。今日は入籍と新居のお祝いのため、初めて招待されたのだ。事前にお祝いとして珍しい種類のパキラを贈っておいた。
新婦はグットクッカーだと聞いていたから手の込んだ本格的な料理を期待していたが、メニューは不味く作る方が難しいカレーで、ジョーをがっかりさせたのはいいとしても、料理には一家言あるオサム君との新婚生活が心配になってきた。まあ、余計なお世話だけど。
いずれにせよ、オサム君が魚藍坂に住むことで多摩蘭坂を歌い、そして封印していたはずのコニーとの思い出が蘇り、結果として、この駄文を物せたので、これもまた一興だろうと思うジョーだった。