恋愛ワクチン 第百四話 善と悪(8)

菜緒ちゃんから明日は来れないという連絡があって、A子ちゃんB子ちゃんとの深夜緊急会議はとりあえず解散となった。
さてそれからだ。菜緒ちゃんは本当に多重人格者なのだろうか?
小説やドラマではそういう話を見聞きはするが、実際に本物に出会ったことが無い。
少し悩んだが、ここはもう本人に聞いてみるしかない。
それでラインすることにした。
以下がそのやりとりである。ほぼ原文のまま。

マックさん「明日は会えなくて残念。一つだけ教えてほしいんだけど、解離してる時に別人格って出る?覚えてなくて分からない?」

菜緒ちゃん「別人格は出ませんよ…!おっしゃるように、解離性障害を細分化しますと解離性健忘(物忘れ)、乖離性遁走(失踪して別人として生活し始める)、解離性同一性障害(△さんの仰る別人格が現れる状態、すなわち多重人格)、離人症(現実感が無くなり幽体離脱しているような感覚になる)の4種類がございますが、そのうち私は主に解離性健忘(物忘れ、記憶障害)、離人症の症状がございます。
人格は変わりませんのでご安心ください。
やはり性的行動が解離を引き起こす要因となっているようですが、そこを追求してしまいますとお会いできなくなってしまうのでなんとか耐えようと思います。
解離は治療を受けない限りは半ば不可逆的なものとなりますので、もしかしたら私がどんどんと壊れていくかもしれません。
もし私がどんどんとおかしくなってしまいましたら申し訳ございません。」

そうだったのか。

マックさん「いやー、なんかあんまりフェラとか上手だから、ひょっとして別人格がそういう仕事しててもおかしくないと思って。
あと『やはり』ってことは、以前にも似たことあったってこと?
あるいは元となったトラウマが性的なものだったとか?
無理して答えなくてもいいです理解できるところは理解しておきたいって気持ち」

返信までには少し時間がかかった。

菜緒ちゃん「こんにちは、お疲れ様でございます。
分かろうとしてくださってありがとうございます。お優しいのですね…!!︎
人格は変わりませんし、性的なお仕事の経験は一切ございませんよー!!
ただ、お話してなかったと思いますが、実はトラウマの一番の原因は学校の教師からの暴力で、そこには性的なものも含まれておりました。
今このようなことをしてしまうのは、『トラウマの再演』(かつてのトラウマ的状況を再現してしまうこと・自らあえて危険な状況を作り出したり飛び込んでいったりしてしまうこと・自己破壊的行動をしてしまうこと)によるもので、解離や自身が壊れていくことは免れません。」

このあと、菜緒ちゃんはいくつもの資料を写真やURLで送って来てくれた。これまでのコラムで引用したのは、全て菜緒ちゃん自身が教えてくれたものだ。マックさんはこういった専門知識は全く知らなかった。

マックさん「なるほどそういうことなんですね。貴女と接している時の不思議な感覚がちょっと理解出来た気がします。
送ってくれた資料の中に「再演は無意識の自己治療行為である」みたいなことが書いてあったんですが、PTSDの話で似たこと読んだことがあります。地下鉄サリン被害を受けた人か、トラウマ解消のためにあえて地下鉄の駅に行って安全で何も起こらないことを確認するとか。
ただし『再演はほとんど失敗してさらに大きな傷を負う』とも書いてありましたね。劇薬なんでしょう。
もし良かったら協力しますよ。上手に再演すれば、乖離や自己破壊行動にながれずに『自己治療』が成功するかもしれません。」

トラウマとなった行為に少しずつ触れて慣れさせていく(馴化)ということだ。性的外傷の場合は、医学的な治療法としてこれを行うことは倫理的に困難だろうが、自分ならこれを行える。そういう提案である。
しかし、書きながら自分の中で、ある疑問が湧いてきた。

マックさん(追伸)「先に『再演に協力しますよ』って書いたけど、ひょっとしたら僕の深層心理(無意識)は優しさではなく、菜緒ちゃんを性的に利用しようとしているだけかもしれません。自分のことは分からないです。
しかしもしそれで菜緒ちゃんが回復するなら、私が善意か悪意かなんてどちらでもいいことです。
要は解離が起きないように加減しながら再演して、徐々にトラウマに慣れていけばいいんですよね?
あと教えて欲しいことは、ジオラマ部屋でのデートで、私が仕事始まるので帰ろうとしたら、とても悲しそうな表情しました。あのあと解離起こした?
もしそうなら、トラウマは性行動というよりも、置いていかれる捨てられるって方にある可能性思いついたもので」

私が抱いた「ある疑問」とは、自分の深層心理に関してだ。
自分はいろいろ変態的な遊びが好きだし、女の子たちを巻き込んで、しかし女の子たちもお手当てを含めて全体としては満足して楽しんでくれているように思える。
自分だけではなく、女の子たちも全員ハッピーになって欲しい。
自分はそれだけの優しさを持った人間だ。
そう確信していた。
しかし本当に自分は「善」なのだろうか?
それで(1)の冒頭のコードギアスの言葉を思い出した。
―この世界には、善意から生まれる悪意がある。悪意から生まれる善意がある―
(続く)

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