恋愛ワクチン 第百三話 善と悪(7)

A子ちゃんとはもう二年の付き合いだ。
A子ちゃんもまた、親との関係性に問題があって、過食嘔吐で苦しんでいた。
今はマックさんの会社の近くのアパートで一人暮らししているが、親と離れた方が良いと提案したのは他ならぬマックさんだ。
少し前にA子ちゃんの名義に切り替えはしたが、最初はアパートもこちらで借りてあげたし、さらには家出の手伝いまでした仲だ。
雨の日の夜、家出するA子ちゃんを彼女の実家近くまで車で迎えに行った。両手に大荷物を抱えて雨の中佇んでいたA子ちゃんの姿を昨日のことのように覚えている。
A子ちゃん「マックさんが、そういうちょっとメンタル病んだ娘に魅かれるっていうのは、私がそうだったからよく知っています。B子ちゃんもそうだし、マックさんの周りにいる娘たちって、みんな似てますよね。だけど、今回の菜緒ちゃんっていう子、実際に会ったことは無いですけど、マックさんの話を聞く限り、これまでの女の子たちとは違う気がします。なんだか怖いです。だって、部屋の鍵って大切なものじゃ無いですか。それをあんなところに放置しますか?」
マックさん「うーん、明日も来るって言っていたからちょっと様子見るよ」
A子ちゃん「明日も?明日も会うんですか?」
マックさん「うん。お昼と夜がデートの予定埋まっていて空きが無いので、早朝はどう?って聞いたら、良いです、って言ったからさ。平日の朝なら空いてるから、来れるだけ来ていいよ、って答えた」
実はその日も菜緒ちゃんと会ったのは早朝だった。
処女との行為で朝の一日が始まるって、実際爽快なのだ。午前の仕事のやる気が出るし、射精はお昼と夜に取っておけばいい。
マックさん「早朝なら、他の女の子の枠が減ることも無いから良いんじゃないかと思ったけど駄目だったかな?それに、A子ちゃんの過食嘔吐が良くなったみたいに、ひょっとしたらその子の症状も良くなるかもしれない。B子ちゃんもそうだし、僕と会ってる子って、たいてい良くなっていくから」
A子ちゃんから同情を引き出そうとして発したこの最後の言葉が、予想に反して悪かったらしい。
男と女は考え方が異なる。
A子ちゃんはさっそくB子ちゃんに連絡を取った。そしてやはり近くに住んでいるB子ちゃんに来てもらって、三人で深夜に緊急会議をすることになった。
B子ちゃん「A子ちゃんから聞きましたけど、私はとにかくその娘がほぼ毎日のように来るって、そこが許せないです。A子ちゃんも私も、この二年間でようやくここまで仲良くしてもらえるようになったわけじゃないですか。それをつい最近現れたばかりの子がいきなりほぼ毎日なんて・・たとえ大人無しでお手当て低いからって言われても、やっぱり面白くないです」
女性の考え方としてはそうなるよな。
A子ちゃん「私はその子が普通じゃないところが心配です。私がいちばん近所に住んでるし、変な思い込みで刺されたりしたらと思うと、引っ越ししようかってまで考えちゃいます」
マックさん「いや、解離性障害って、そういう妄想みたいなのは無いみたいだよ」
B子ちゃん「私、解離の子って昔身近にいたんですけど、嘘ついているのかそうじゃないのかが本当に判らないですよ。だって都合の悪いことは『記憶が飛んじゃってて覚えてないです』って言えるじゃないですか。だから周囲が本当に振り回されてました。」
マックさん「いや、だからまだそういう具体的な被害みたいなもの今のところ無いし。もし君たち含む交際中の女の子たちの誰かが迷惑被ることがあったら、即その娘切るから。僕から見ると、性的行為が初めてにしては異様に上手だし、なんか伸びしろありそうな興味深い娘なんだ。」
B子ちゃん「その、テクニックが上手いってところがすごく怪しい。処女かもしれないけど、デリのバイトとかしてるんじゃないですか?」
マックさん「いや、嘘ついてるようには思えない・・まあ、僕もすっかり騙されてた経験はあるから、自信は無いけど」
マックさんは以前、ある女の子にまんまと騙されていたことがあった。それをその娘のSNSを見つけて暴いてくれたのが、ほかならぬB子ちゃんだ。B子ちゃんはいわば参謀であり秘書でもある。
A子ちゃん「そもそも、初めてって言いながら、使い捨てローションなんか持ってくる娘なんていないですよ。それにリュックに詰めてきた衣装、それってデリヘルのオプションそのものじゃないですか?」
B子ちゃん「それに、高校生がバイトで貯めたお金でワコールのサルートなんて買えないですよ」
確かに。
マックさん「いや、君たちが言うのはもっともなんだけど、これまで騙された経験を振り返っても、ていうか、そういう経験があるからこそ、なんかあの娘は嘘をついてはいない、そんな気がしてならないんだ。自分でも不思議だけど」
B子ちゃん「その子って・・ひょっとしたら同一性障害じゃないですか?多重人格」
マックさん「あ、なるほど」
それはありうる。気が付かなかった。
解離性障害のおさらいをしておこう。(3)で記したように、解離性障害には四つのタイプがある。①解離性健忘(物忘れ)、②解離性遁走(失踪して別人として生活し始める)、③解離性同一障害(多重人格)、④離人症(現実感が無くなり幽体離脱しているような感覚に陥る)である。
マックさんと会っているときは、まったく男の裸も見たことが無い、処女だし生粋のおぼこ娘だとしても、それとは別の人格が、風俗の仕事をしていてもおかしくは無い。
なるほど。さすがB子ちゃん。優秀な参謀だ。
マックさん「そうかあ。それなら全て辻褄が合う。しかしどうやって確認したらいいのかなあ?本人に聞いてみようか」
A子ちゃんB子ちゃん(口を揃えて)「確認も何も、そんな変な子、さっさと切ったらいいじゃないですか」
マックさん「うーん、とりあえず、明日も来るそうだから、もうしばらくは様子見るよ」
そう言ったときにラインの着信音がした。
確認すると菜緒ちゃんからだ。
「△さんごめんなさい。ちょっと症状が悪化しちゃって、明日は行けそうにありません。それから私、部屋の鍵をちゃんと返したかどうか記憶が無くて・・もしご迷惑をかけたならごめんなさい」
(続く)

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