シュガーダディー女子との合コンの巻 IN 沖縄 後編

沖縄が好きだ

商売としては必ずしもうまくいってないけれども、やっぱり沖縄が好きだ。

県民所得は低いのに物価は思いの外高いし

年間の降水量は全国5位だし

台風は来るし

今年は例外としてもいつもの夏は暑いというより痛いし

米軍基地だらけだし

慢性的に主要道路はいつも渋滞しているし

暮らしやすい場所という感じではない。

それなのに沖縄に来るといつもホッとするというか気分が高揚する。

こうして駄文をモノしていても沖縄のことをすぐ考えてしまう。
うまく説明できないけれどとにかく沖縄が好きだ。

沖縄進出に当たって、この土地のことをもっと知りたいと思い、2ヶ月ほど、暮らしてみたこともがある。
本島を中心にあれこれと廻った。

否が応でも目に入るのは米軍基地やその関連施設で、ジョーのようなノンポリでも(ノンポリだから?)「さすがにこれはまずいだろうヨォ」と思ってしまう。

嘉手納町のように町の85%を米軍施設が占める地域もある。
一方でウチナーンチュの基地に対する見方は単純じゃない。
利害関係のある人も多いし、生まれた時から基地があり、日常化してそれが当たり前だと考えている人たちもいる。

だからジョーの基地に対する違和感に「基地に反対する人たちはヤマトンチューばかりさぁ〜」という声を何人ものウチナーンチュから聞いた。

沖縄の歴史

ご存知のように沖縄はかつて独立国家であった(琉球王国)。

ペリーは浦賀に立ち寄る前、まずは琉球に立ち寄っている。

1854 年3 月ペリーが江戸幕府と「日米和親条約」を結ぶとペリーは再び琉球に立ち寄り、「琉米修好条約」を結んだ。
同様の条約をフランスやオランダとも結んでいる。

それ以前は島津藩と明・清の支配下にあり、危ういバランスながらも琉球王国は一応の独立を保っていた。

ペリーが浦賀だけでなく、琉球にも立ち寄り、通商を求めていることは琉球が独立国として認識されていたことを物語る。

ところが1879 年日本は琉球を武力制圧し、沖縄県が設置された(琉球処分)。
この時琉球王国は清に助けを求め、アメリカの仲介もあって、沖縄本島は日本に、八重山諸島と宮古島は清に帰属することで一旦は合意した。

しかし清がこの条約に調印しなかったため日清戦争の原因の一つになった。

八重山諸島、宮古島が正式に日本へ帰属したのは日清戦争終了後である。

このように沖縄は歴史的に時として過酷な運命に晒されてきたがそれは現代においても変わらないとジョーは思う。

こういう場所で硬めの本を紹介するのは嫌味でしかないかもしれないが、沖縄の戦後史を概覧するなら「沖縄現代史 – 米国統治、本土復帰から「オール沖縄」まで 」(桜澤 誠 中公新書)がジョーの一押し。

沖縄に関心のあるヤマトンチュなら是非手に取って欲しい一冊だ。
県外出身の研究者が比較的ニュートラルな立場で沖縄の戦後史を概覧している。
これはジョーが無知なだけかもしれないけれど、本書から知ったことはたくさんある。
というか、知らないことばかりだった。

戦後沖縄は30 年近くアメリカの支配下にあったがこの間、琉球列島米国民政府(琉球政府の上部組織)は時としてめちゃくちゃなことをやってきた。

選挙で当選した那覇市長を共産党系という理由で突然法令を発して辞めさせるわ
(辞めさせるまでの経緯がめちゃくちゃえげつない)

6歳の幼女が米兵により強姦後殺されるわ
(裁判は米国本国で行われ一旦は死刑判決が出たがその後減刑された)

小学校に戦闘機が墜落し小学生を中心に18 名が犠牲になるわ
(パイロットはパラシュートで脱出した。その後秘密裏に本国へ帰国)

米軍施設のための土地の強制執行が行われるわ

控えめに言っても米国琉球政府はしばしば強権を発動しただけでなく、ウチナーンチュの人権はしばしば蹂躙されてきた。

そして本土復帰を果たしてからも基地容認と振興策をセットにされ、抑圧とまでは言わないけれど、アメリカ及び日本政府からの支配的な関係は続いている。

民主党政権時代には「最低でも県外」という公約を簡単に反故するなどウチナーンチュの期待は裏切られ続けているのはご存知の通りだ。

日米安保を容認する沖縄を代表する保守政治家であり、自民党の県連会長であった人物が革新勢力と手を組んでまで県知事となり政府に対峙した意味を我々ヤマトンチュは理解しなければならない・・・。

と、ター滝から金武鍾乳洞へと向かう車中でジョーはアジった。

沖縄デート

我ながらやってることと言っていることが矛盾しまくりだけどミカちゃんもナナ姫も「ジジイ殺し姉妹」だから熱心に耳を傾けるし「ジョーさんって、何でも知ってはるんですねぇ」とお世辞も忘れない。

もちろんお世辞だとは分かっているけれど、こういうセリフは心と股間に効くものだ。

金武町には鍾乳洞が数カ所あり、その中の一つが泡盛の貯蔵庫となっている。
年間を通して18 度に保たれているので、泡盛の長期熟成に適しているのだ。
見学ツアーだけでなく、近くの販売所では泡盛古酒の試飲や泡盛の長期熟成も依頼することができる。

ジョーはおっちょこちょいなので、5 年熟成コースを頼んだ。

注文と同時にオリジナルラベルを作成する。
こういうセンスはジョーにはない。

お店の人から借りたマジックセットをナナ姫に渡す。

すると彼女は器用に絵文字を描き込みながら、可愛らしいラベルに仕上げてくれた。
名前の欄には「ジョー&ナナ」と書き込んである(お察しのように?5 年後、このボトルは涙なしには飲めません)。

そしてここは泡盛だけでなく、豆腐餻の試食と販売もしている。
1 年2ヶ月熟成で自慢の豆腐餻を試食させてもらった。

ジョーは豆腐餻が大好きだが、ここの店の豆腐餻はとってもまろやかで、ミカちゃんもナナ姫も絶賛していた。

結局全員が買えるだけ買うことになる
(当然?支払いはジョーとオサム君の担当。結構な値段になりました。因みにお店の名前は「龍の蔵」です。金武町にある本店のほか、県庁前に支店もオープンしました。
近々空港にも支店ができるそうです。お土産に是非!)。

金武鍾乳洞を出た後は那覇市内へと向かった。

ミカちゃんとオサム君はこのまま宮古に移動するので空港まで送ってレンタカーを返す。

予定では合コンは終了し、空港解散のはずだった。
もう少しナナ姫と過ごしたかったけれど、これぐらいが潮時だろう。
ジョーはナナ姫と別れの挨拶をしようとした。

すると思いかげずナナ姫は耳元で悪魔の囁き。

「ジョーさん、うち、行きたいフランス料理屋があるんどす。今晩連れて行ってくれまへんでしょうか?」

ナナ姫のリーサルウエポンである京言葉で囁かれるともちろん抗うはできない。
というわけで、次回に続きます。
引っ張ってごめんあそばせ。

※匿名投稿箱にリクエスト(クレーム?)があり、今回から再び
コメント欄復活しました。宜しくお願いします。



ジョー・ルビコン

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