しりとりで綴る交際倶楽部奮闘記 13 後編

うれし恥ずかし→舌平目のムニエル

ジョーは相変わらず新聞に目を通していたが、内容は全く入ってこない。新聞の同じ箇所を見つめているのだから当然である。
珍しくそして柄にもなく緊張していた。新聞の1点を見つめながら、第一声は何と言うのが正解なのか考えていた。
考えたけど、正解なんてないんじゃないかという面白くとも何ともない結論に達する。ただせめてもの抵抗?でナナ姫から声を掛けられるまで顔は上げないことに決めた。ジョーは中学生かい!

そしてナナ姫登場

顔を上げないつもりだったのに、ナナ姫がエレベーターから出てくるのが見えた。慌てて下を向くジョー。四捨五入したら60になる人間のやることではない。
姫に声を掛けられるまで長かったような気もするし、短かったような気もする。ひたすら新聞に目を落とし一面の見出し「国内3空港で計18人感染確認 フィリピンなどから到着」を見つめていた。
「ジョーちゃん、久しぶり」と声を掛けられて、白々しく顔を上げるジョー。
「ああ、姫。元気そうだねえ」と応えるジョー。
正解なんだろうか?少なくとも笑顔だったはずだが、引きつっているのが自分でも分かる。
「そう?思ったより大変だったのよ。ようやく解放されたんだよ。ストレス発散に来た」 姫の言葉の真意を探ろうとしたけれど、頭が廻らない。
取り敢えず何か注文してもらおう 「姫、何か食べる?」 「朝は済ませてきたよ。それよりちょっと飲みたい気分。ジョーちゃんも付き合ってよ」

ややあってシャンパンが2杯置かれる。そして乾杯。そのあとは姫のマシンガントーク。そんなに饒舌じゃないはずだけど、余程ストレスが溜まっているのだろう。ジョーはと言えばあまり口を挟まずに姫の話に耳を傾けていた。実を言うとその内容はあまり頭に入って来ない。ひたすら姫のやや紅潮した顔全体を見つめていた。ああ、やっぱりこの人は美しいヒトだなあと心の中でつぶやきながら。

ナナ姫の決意

先行きは不透明だけれど、姫は改めてヨーロッパで生きる決意をしたと言う。 そのための模索とハノイを整理するためにベトナム入りし、そして帰国したのだった。

ヨーロッパ行きの時期はまだはっきりしないけれど、日本の拠点は全て引き払い、10 年は日本に帰って来ないつもりだと言う。
「よく決断したね」とジョー。 「人生に一番必要なのは勇気だね」とナナ姫。続けて「ジョーちゃんのおかげだよ。本当に助かったんだから」とお世辞を付け加えるのを忘れない姫。さすがやね。
ジョーはといえば「僕よりも○○さんや△△さんのおかげでしょう」と嫌味で返してみた。○○さんも△△さんもまあまあ名の売れた実業家だ。特に○○さんの総資産とジョーのそれを比べると1桁どころか2桁は違うだろう。ハッキリ 言って比べ物にならないし、だから姫がジョーを相手にする意味(相手にされていたんだろうか)がよく分からない。
「確かに○○さんや△△さんはめちゃくちゃお金持ちだけど、そんなに気前良くないんだよ。ナナに嫌われたくないから、ケチじゃないフリしてるけど。ジョーちゃんだけだよ、二つ返事で助けてくれたのは」

ジョーが大金持ちになれない理由がよく分かった。

ナナ姫からの提案

あっという間にシャンパングラスが2杯空いた。お酒は好きだけど、ナナ姫ほど強くないからジョーは既にかなり酔っ払っている。しかもまだ午前中だし。
思考回路がうまく機能してないけれど、ナナ姫の話は続く。
 「ジョーちゃんにはとっても感謝してるから、ずっとお礼がしたいと思っていたんだよ。ねえ、来月一緒に旅行に行こうよ。ううん、心配しないで、ナナの招待だから。」
「どこに行くつもりなの?」
「内緒。でも待ち合わせは東京で。ナナの車でお連れしますよん」
「初耳だよ、姫、車持ってんの?パパのを借りるんじゃなくて?」
「失礼ね、車くらい持ってるわよ」

車名は聞かなかった。高級車なのは間違いないけれど、「フェラーリ」と言われて上手く切り返すことが出来ないと思ったからだ。そして姫の提案を断れなかったのはシャンパンのせいで思考回路が停止してからではもちろんない。お察しの通り、最初から姫の提案を断るという発想がないからだ。未練たらたらな のは間違いないけれど、この先付き合いが継続していくイメージは1ミリもわかない。姫との最後の旅になるだろうなと思うと寂しい気持ちにはなるけれど、 心が乱れるという感じでもない。
そもそも「ナナの招待」ってどういう意味だ? 姫が旅行代を支払うってこと?そんなまさか。色々な思いが駆け巡るけれど、落ち着いている。

ナナ姫のように心を揺さぶらされた女性に対してはもっと若いときなら、今のように冷静に受け止めることはできなかっただろう。これが歳を取ったということなのかと3杯目のシャンパンを口にしながら心の中で呟くジョーだった。
「ねえ、ジョーちゃん、まだチェックアウトしてないんでしょう?お部屋に行って乱れない?」
姫は不敵な笑いを浮かべている。そうしたいのは山々だけど、 ジョーの精嚢には一滴の白い液体は残ってない。そもそもベットやバスルームが既に乱れまくっているし(笑)。
「あんまり時間ないんだよ」と苦しい言い訳をすると、姫はジョーの事情を見透かすように「ふっ」と短く笑ってみせるのだった。

品川駅で待ち合わせ

約10日後ジョーは品川駅に立っていた。姫の車がフェラーリだった場合だけ切り返し用の下ネタを用意しておいた。そしてほぼ時間通りに1台の車が近づいて来る。
ジョーの少し先に停車し、左の窓から手を振るナナ姫。姫の車はなんとまさかの?ベントレー。初めて乗る車だ。
「姫、ベントレーとは。驚いたよ。」
「でしょう?でも昔から大好きだったのよ。」
「新車で買ったの?」
「新古車。2000 キロしか走ってなかったの」

車内インテリアは芸術的な工芸品のようで、シートは手縫い。素人目にもその仕上げの美しさがわかる。見た目はゴツいけれど姫によれば取り廻しは思いの外楽で、運転していて楽しい車だという。
本当は購入経緯を聞きたいところだけど、それを知ったところでジョーが幸せになることは1ミリもないし、おそらく姫との最後の旅になるだろうから、あれこれと詮索するのはヤボだ。姫との旅とそしてこの車でのドライブを楽しむことにしょう。

行き先は中禅寺湖

それにしてもどこに行くのだろう。姫は「お楽しみに」というばかりで、事前に指示されたのは「トレッキングシューズ持参」だけだ。
 「姫、いいかげんどこ行くか教えてくれない?心の準備があるから。」
「どこだと思う?」
「登山の準備をして来いと言っていたからもしかして富士山?」
「ブー。中禅寺湖。そして明日は男体山に登山だからね。ヨーロッパでの安全祈願するの」

あらら、中禅寺湖は Jasmine女史とこの夏旅行を計画していた。日程が合わず延期になったが、思わぬ形で下見をするわけだ。
「どこに泊まるの?」と尋ねると姫はこの地で一番の老舗ホテルの名前を口にする。Jasmine 女史とは今年オープンしたホテルに泊まる予定だから被らなくてよかった(よかったのか?)。

東北道は思ったよりも車が多くて、途中で寄ったサービスエリアも人でごった返していた。ベントレーは静粛性もさることながら、とにかく乗り心地が上品で、睡魔に襲われるのを耐えるのに苦労する。シートを倒して寝たら気持ちよさそうだ。やっぱり運転するより乗せてもらう車だよなあ。

そして中禅寺湖到着

睡魔と戦いながらも 2時間余でホテル到着。エントランスで車を停めるとドアマンが恭しく近づいてきて、こちらは名乗っていないのに「○○様、お待ちしておりました」と姫に挨拶する。
挨拶を受けるとキーはそのままに姫は颯爽と左のドアから降り、サングラスをかけ直した。ボーイが荷物を手にし、フロントへと向かう。ベントレーを操る長身の美女の横には冴えないおっさん。他人からはどう映るんだろう?
チェックイン前だったが部屋は用意できるという。しかしながら二人とも小腹が空いていた。姫の「ここはやっぱりカレーでしょう」という鶴の一声でコーヒーショップに移動。
姫はビーフを、ジョーはチキンを注文。大正時代のレシピを再現したという。お値段はホテルとしては良心的な1840円。肝心のお味はもちろんまずいはずはないけれど、まずいカレーってそうそうお目にかかれないような。

腹ごしらえの後は早速チェックイン。お部屋はバルコーに付きで、広めのツイン。早速バルコニーに出ると目の前に森が広がり、少しだけ冷んやりした空気が 頬に伝わる。バルコニーには椅子があるので、ビール片手に座って本を開きたいけれど、姫の「中禅寺湖に散歩に行こうよ」の一言で、出発。標高が高く、昔から避暑地で有名だけれど、歩けば汗が吹き出るまではいかなくても涼しいという感じではない。湖畔の周辺にはお土産や旅館などが並ぶが、閉まっている店も少 なくない。最初はコロナの影響かと思ったが、建物の痛み具合が最近のものでな く、数年は経過していると推測できる店舗が多かった。何となく、中禅寺湖はイ ンバンドにも人気の地という気がしていたが、かつてのような人気の避暑地ではなくなっているのかもしれない。

ナナ姫のおすすめに従ってまずは「英国大使館別荘記念公園」を目指す。入場料を払って2階のテラスへ。ここから眺める中禅寺湖はとても美しい。ここで 働く係員によれば、この辺りは開発を逃れた場所で既に明治には中禅寺湖が一番美しく見る場所として認識されていたらしい。最初は外交官アーネスト・サトウの個人別荘、その後英国大使館の別荘となった。現在は栃木県に寄付され、かつての建物の意匠を生かしながら再建築したようだ。

2階のテラスに座り、湖を眺めるのは本当に気持ちがいい。姫は描く人だから小さなスケッチブックを広げて鉛筆を走らせている。ジョーは本を開く。
「何読んでるの?」
「ハメット」
「あっ、今夜はハメ撮りだね」と姫は顔を上げずに答える。

サミュエル・ダシール・ハメットはミステリー作家で推理小説の中にハードボイルドを確立したことで知られる。ジョーが姫に紹介し、姫も読むようになっ た。そしてハメットをきっかけにハメ撮りするようになったのでジョーも思い出深い作家だ(苦笑)。

その後はイタリア大使館別荘記念公園にも立ち寄り、ハメ撮りするために(苦笑)急いでホテルへと帰る。部屋に着くなり珍しく?ジョーは姫をベットへと押し倒す。
「ねえ、汗かいたからシャワー浴びようよ」という姫の頼みは無視した。 姫の汗の匂いに興奮するジョー。キスを繰り返し、スカートをたくし上げ、パン ティの上から舌を這わせる。姫の嬌声が部屋に響き、その声がジョーをさらに興 奮させる。パンティをずらし、小ぶりながら(涙)いつもよりは 50%ほど(ジョー調べ)硬直したジョー自身を姫の秘部に差し込む。
「ジョーちゃん、どうしたの?今日、すごく硬い!」という姫の一言に興奮は 最高潮に達し、すぐに果ててしまうジョーだった。やっぱり姫とのセックスは楽しいな。

翌日は登山

ベットで一汗かいた後はホテル内の露天風呂へ。西洋スタイルのホテルとしては珍しい。源泉は12キロ先の日光元湯温泉でパイプを通して引き湯をしているという。男女別なので姫と一緒に入浴できなかったのは残念だったけど、なかなかいいお湯だった。

風呂上りはラウンジでビール。そしてホテル内のダイニングルームで食事。コースにせず、アラカルトで注文したから少し時間は掛かったけれど、お味は期待していなかった分、思いの他よくてワインも進んだ。 夕食後は部屋に帰り、もう一度ハメ撮りして(苦笑)、明日の登山に備えて早めにベットに入る。

翌朝は5時前に起床。姫を起こして一緒にシャワーを浴び、リュックに水とワイボトルその他を詰めながら登山服に着替えて部屋を出た。フロントで昨日注文したロイヤルサンドを二人分受け取り、登山口を目指した。登山口は日光二荒山神社の中宮祠にあり、6 時に開門する。我々二人は 6 時少し前に着いたが、山の日が近いせいなのか、20人近い人が開門を待っていた。皆本格的な登山の出で立ちで常連も少なくないらしく互いに挨拶を交わしている人たちもいる。ナナ姫も5回目の男体山登山らしい。開門と同時に登山料を支払い、登山名簿に記帳して出発。1 合目までは階段が続く。

姫のペースはとても早くてジョーはついて行くのに必死。既に息が上がり、汗が噴き出す。階段が終わると岩場の道が続く。男体山は約7000 年前に最後の噴火をしているので、学術的には活火山に分類されるそうだ。基本森林で覆われていて視界は遮られているので、楽しい登山とは言い難い。それでもほぼ休憩なしで一気に頂上まで登り切った。到着は丁度 9 時。事前に普通の足で頂上まで では 3 時間30分と言われていたからまあまあハイペースだったのだろう。

疲労困憊だったけれど、山頂からの風景は素晴らしい。天気も晴れだったので 中禅寺湖はもちろん、戦場ヶ原や女峰山も見える。山頂には日光二荒山神社の奥 宮があり、鳥居が設置され、二荒山大神像や御神剣が聳え立つ。すぐにロイヤルサンドをつまみにワインで乾杯したいけれど、姫に促されて像の前に行き、姫の 前途を祈る。と同時にジョーは家内安全も祈った(苦笑)。

さあ、ワイン!という時、姫の提案で二人の写真を撮ることに。スマホを渡して撮ってもらった初老の男性からは「ベッピンさんは写真映りもいいねえ」の声が掛かる。姫とは沢山写真を撮ったけれど(ハメ撮りを含む 苦笑)その後ほとんどを削除した。でもこの時の写真とパリで撮った数枚は削除できなかった。

下山そしてお別れ

ワインで乾杯しロイヤルサンドを食べた。これからの予定がタイトなので慌ただしく、下山。12時過ぎにホテル着。姫がレイトチェックアウトをリクエストしてくれたので、部屋でシャワーを浴びる。ハメ撮りする時間はあまりなかったけれど、シャワーを浴びている姫に突入し、キスを繰り返した。結局果てることはなかったけれど、キリがないので、着替える。荷物の整理をしてフロントへ。 会計をしようとすると姫に制止された。オイオイ、本当に招待なの?。なんか気持ちが悪い。

 「中禅寺湖に来て華厳の滝に行かないのはまずいでしょう」と姫が言うので、慌しく、立ち寄り(一見の価値ありですな)、姫の運転で品川を目指す。もうベントレーに乗ることはないだろうと思いつつ、あっという間に品川到着。品川イーストタワーの駐車場に車を滑り込ませた。

「ジョーちゃん、ホームまで見送るよ」と姫。
「名残惜しくて泣いちゃうかもしれないからここでいいよ」冗談めかして言ったけど、ジョーの本音だ。
 「じゃここで。」と言いながら、姫は自分のバックから紙袋を差し出す。
 「ジョーちゃん、全額には足りないけど、今できる範囲で借りたお金返すよ。 受け取って」
「おいおい、別に貸したわけじゃないよ。まだまだ状況は不透明だから、そのために使ってよ」
「そう言うと思ったけど、これは私のために受け取って欲しいの。けじめをつけたいから」 

渋々受け取った。いやちょっと「ラッキー」と思ったような気もする。ただこれできっぱり姫はジョーに会うつもりはないのだろう。姫の気持ちを尊重するためにもジョーも未練を残してはいけない。

軽く最後のキスを交わし、「じゃあ、元気でね」とごく簡単な挨拶をする。スーツケースを転がしながら改札口へと向かうジョー。振り返ったら後戻りしそうだったからまっすぐ前をみた。同時にこのシーン?はコラムに書くつもりだったから、今の自分の気持ちを表す言葉を探していた。まず「ミレンタラタラ」 という言葉が浮かぶ。いつものことだけどそれは間違いない。でも今後の付き合いを想像することができないから、心は思いの外冷静だ。と思っていると突然心が掻き乱れ、姫に対する強い「シュウチャクシン」が心を占める。これではいかんと大きく息を吸うと心の落ち着きを取り戻せるが、その効果はせいぜい数十秒しかもたない。そしてこの繰り返しだ。ああ、ジョーは姫が大好きだったんだなぁと今更ながらに気がつくのだった。

そうこうしているうちに、列車の時間が迫る。得意の?シウマイ弁当を買い、 ホームに降りて列車を待った。ややあって列車に乗り込み、座席に座る。まずは紙袋の中身を確認しますか。

その中にはさらに封筒が3つある。それぞれの中身を確認すると最初の2つには封の切っていない札束、そして最後の1つは封が切られた札束が入っていた。枚数を数えてみると 87枚。思わず苦笑するジョー。要するに13枚は今回の旅行費用なのだ。これを招待というのだろうか(苦笑)。でもナナ姫らしくて、怒る気になれない。

紙袋は一筆便箋も同封されていて、達筆な字で次のように記させていた。
「ジョーには感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとう。いつまでも、 いつまでも大好きだよ」

ジョーにとってこの便箋は ICBM級の核爆弾だ。破らずにはいられなかった。まずは縦に。そして向きを変えてもう一度。座席に座ったまますぐに放り投げたかったけれど、流石にそれは憚られる。その紙屑を右手に握り締め、なぜか紙袋を左手に持って、ゴミを捨てに席を立った。危うく紙袋の方を捨てそうになったがナナ姫の呪いだろうか(笑)。そしてシウマイ弁当を食べるために席に戻る。シウマイ弁当はいつも同じ味がした。美味しかった。

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