人生を楽しむ方法 〜その模索〜

1.    パパ活は嫌い

私は「パパ活」という言葉が嫌いだ。

そもそも「パパ」は娘から見た視点から来る愛称であって、男性目線ではない。

そして何より「パパ活」という言葉は、女性が自分の若さと体をエサにオヤジ共から何とか金を効率よくせしめようという意図が込められているような語感を感じる。

さらに何となく活動の範囲が曖昧である点も嫌いな理由の一つである。

もちろんそれだけではないという女性もいるであろうことは十分理解するが、女性から狩りの対象にされているような語感に何となしに嫌悪感を覚えるのである。

これに対し、逆目線から見た「愛人」という言葉は好きである。

愛人という言葉は男性が女性と性的関係を定期的に結んでその対価として金を払うことを明確に意味している。

さらに男性も女性も相互に与える物に納得しており、「狩る」「狩られる」といった殺伐感はないのである。
 

2-1 私のパパ活

「パパ活」は嫌いであると書いたのに「私のパパ活」とはこれ如何に?と思うかもしれないが、実際にこれまで私が経験してきたのはまさしく「パパ活」なのである。

賢明な先輩諸氏ならば避けたかもしれないが、ごく普通のサラリーマンである私は少し前まで「Sugar Daddy」でお相手を探していた。

そもそも「Sugar Daddy」がいわゆる「パパ活」サイトなので、まんまと術中にはまっていたような次第である。

何故「Sugar Daddy」を選んだのか?それはまず第一に敷居が低いことである。なにせアプリではなく、Webサイトなのである。

特段の覚悟がなくとも簡単に会員登録できてしまう、まさにお遊び感覚、交際クラブのようなガチモードとは異なる感覚である。

ただし会員登録してしまえば後は運営側の思惑通り、月額課金してPremium会員となり、収入証明書を提出してDiamond会員となるまで、そう時間はかからなかった。

この辺りはいわゆる出会い系も交際クラブも変わらない形式で、ステータスの主張によって男性の自尊心をくすぐる作りになっている。
 

2-2 女性探し開始

さて晴れて?「Sugar Daddy」会員になった私だったが、右も左もわからなかった。

なにせコンシェルジュも何もいないのである。

いわば広大な平原にオス一匹が放流され、メスを探せと言われたようである、いささか心細い。

女性会員はそれこそ数えきれないほど登録されている。

試みに数名の女性のプロフィールを見てみる。

まさに玉石混交、写真未掲載やらプロフィールが数行やらという怪しげな女性も多い。

逆に顔写真に加工を施してプロフィールも相当量記載している女性もいる。

入会の敷居が低い分、女性も男性も自分の情報の露出は控えめであるというのが特徴的だ。

従って女性選びは漠然としたものになってしまう。

ついプロフィール写真で選んでしまうのだが、よくよく見ると「ムムム・・・Snowか?随分修正してあるな」とか、

栗色のカールした髪型の後姿とか(私はこれにめっぽう弱い) とにかくはっきりした写真はごく少ないのだ。

次に交際タイプだが、これは3つに分類されている。

「まずはお食事から」
これはユニバース倶楽部でいうところのタイプA~Bまでを包含している。

次に

「相手に合わせる」
実に女性の心を的確に捕らえた選択肢である。

「自分じゃなくてあなたが選んだ交際に合わせます」というココロである。

ユニバース倶楽部でいうところのタイプB~Dに該当するだろう。

最後が

「積極的」
これは言うまでもなく、大人の関係希望ということである。

なんとなくそら恐ろしい語感である。一体何がどれくらい積極的なのか分からない。
 

2-3 プロフィールで釣ろうとしてみる

女性のプロフィールを眺めていて、はたと自らのプロフィールの陳腐さに気づいた。

あぁこれではいけないと思い、少なくない時間を費やして自分のプロフィールを充実させてみた。

「あくまでダンディな大人の男、しかも金持ちで余裕がありますよ」 ということをぼかして文章にするわけだ、これが思いのほか難しい。
 

2-4 プロフィールで女性を釣ることはできない

ようやくまずまずのプロフィールを記述してみた。

嫌らしくなく、素敵なおじ様を装うべく練りに練ったプロフィール文章だと思ったわけだ。

 プロフィール文章はまずまずだ、写真もぼかして掲載した、しかもダイアモンド会員、 これで女性からアプローチがわんさかきて、いちいち探す手間も省けると思っていた。

しかし豈図らんや女性からのアプローチはほぼない。

来たと思ってメッセージを見ると、いかにもキャバ嬢風の女性から一言「どうですか?」だった、温泉街の客引き以下である。

他にも一言「大人3でどうですか?」等々興を削ぐメッセージしか来ず、やむなく私は自力での狩りを再開することになった、しかし当時はそれも楽しみの一つであった事は否めない。

こうして私の「パパ活」は幕を開けたのであった。
 

このカテゴリーの関連記事