昨夏の旅から 後編

【正式名称は後方羊蹄山】
姫は正統派の山ガールだ。「日本百名山」のうち、80強の山を制覇したのが自慢でもある。ニセコにやってきたのは当然目の前に聳える山に登るためである。百名山の一つ羊蹄山の正式名称は「後方羊蹄山」(しりべしやま)というらしい。当然ながら姫は「後方羊蹄山」と呼ぶ。「蝦夷富士」という別称もある美しい山だ。標高は1893mだけれど海抜はほぼ0mだから3000m級の山に匹敵するとガイドブックにはある。姫についていけるかしらん⁈出発は6時前。リュックには軽食と水2ℓ強。連日の猛暑で予報では今日もピーカンになるようだ。麓の駐車場には6時過ぎに到着した。登山客の車でほぼスペースのない盛況ぶり。マンボウ発令中だけれど、皆ステイホームには飽き飽きしているのだろう。そして登山開始。既に日差しが眩しく早くも汗が噴き出す。普段はおしゃべりを楽しみながらの登山だけれど今日は2人とも無口だ。それでもハイペースで登って行き、5合目まではほぼ休憩も取らなかった。五合目でリュックを下ろし、少し長めに休憩。パンを齧りながら水分補給もする。困ったのはアブの多さ。目の前をまとわりつき、五月蝿くて仕方がない。2人とも虫除けを塗っているがほぼ効果なし。結局この日は下山までアブに苦労することになる。8合目までは基本視界が覆われているので景色を楽しむこともままならず、ひたすら登っていく。8合目を過ぎると視界が広がり、山頂も確認できるけれど、逆に遮るものが何もなく日差しがもろに照りつける。ただただ暑い。9合目の看板にたどり着いた時、その横の草むらに倒れ臥した。普通なら9合目の看板からは「あともう少し頑張れ」というエナジーをもらうのだがもう一歩も歩けそうな気がしない。確かにもう頂上は目の前で、ルートも見渡せるのだが道中太陽が照りつけることを意味するからどうしても歩き出す気になれない。健脚の姫も珍しく座り込んでいる。しかしながらここまで来て引き返すという選択肢はもない。姫がリュックからとっくに溶けて生温かくなった元冷凍みかんを口に含ませてくれる。姫の「這ってでも登るよ」の掛け声?で出発。そして頂上へは文字通り這うようにして到着。リュックを下ろし2人とも大の字にねる。気持ちいいというより、とりあえず^_^歩かなくても良いという安堵感が広がり、大きく深呼吸する。時計10時30分を指していた。


【頂上からの眺め】
普段後方羊蹄山頂上の気温は麓とは少なくも7度は違うらしい。姫のAppleウォッチは頂上でも28°を指している。頂上に辿り着いてものんびりとはしていられない。後方羊蹄山の頂上直径700mの火口が広がる。その周囲をお鉢巡りしてこそ登山完成なのだ。だから水分補給と記念撮影をした後は後は再び歩き出す。本音を言えば下山以外でもう一歩も歩きたくなかったけれど当然ながら姫が許してくれるはずがない。這う這うの体で一周を終え、水分補給とパン、りんごを齧る。

ここでようやく頂上からの眺めを堪能する余裕ができた。青空が拡がり気持ちのいい風景だ。出発前に靴と靴下を脱ぎ、指の間にワセリンを塗りテーピングをし直す。靴ズレ対策だ。どれだけ効果があるかは疑問でおまじないみたいなものだが心理的効果は高いとジョーは思っている。そして下山のため歩き出す。暑さは相変わらずだし、アブはさらに増えた気もするけれどほぼ休憩を取らず一気に下山したので1時間以上タイム短縮。水はとっくに尽きていたからまずは水分補給。すると麓の駐車場は何やら大騒ぎになっていて数台の救急車やパトカーが待機している。事情を聞いてみると熱中症の登山客が続出し、これから山岳救助隊が出動するという。今日の麓の気温は34°だったらしい。そりゃあ熱中症にもなりますわな。


【五色温泉でクールダウンからの貸別荘へ】
ニセコは温泉どころでもある。その中で1番有名な?五色温泉へ。まずは水風呂と温浴を数度繰り返し、カラダ芯の熱をクールダウン。普段それほど長湯ではないけれど、小一時間ほどで生き返った心地がした。ビールを一気にやりたいけれど、グッと我慢をして貸別荘に帰る。体はまだまだ熱を帯びていたけれど、食欲も湧いてきた。姫がサラダを担当し、ジョーはステーキを焼いた。全ての料理が完成し、テラスのテーブルに並べ終えたのは日も暮れた7時過ぎ。目の前に後方羊蹄山がボンヤリと浮かぶ。冷凍庫からグラスを取り出しサッポロクラッシックを注ぐ。ついにカンパイ。我慢できずジョーはほぼ一気飲み。姫もグラスの半分以上飲み干して「It’s  fucking beer!」と一言。この表現は姫からしか聞いたことがないけど、アメリカ人も使うのかしら?


【そしてお手当の話へ】
サラダとステーキ、そして数本のクラッシックでお腹は十分満たされる。日はとうに暮れて満天とはいかないけれど星がニセコの夜空を彩っている。昼間の猛暑が嘘のようにひんやりとした空気が流れ半袖では肌寒いくらいだ。テーブルにチーズを並べ、姫自慢のカタールニャ産甘口ワインがグラスへと注がれる。もちろん素晴らしい味だ。まだ意識がはっきりしているうちに姫に言っておかなければならないことがある。
「姫、僕らはどんな関係なの?」
「あら、心友よ」
思わず苦笑せざるを得ない。なぜって手元の辞書によれば「心友=心から信じ合っている友」とあったからだ。僕らの関係は「信じ合う」ことからはもっと遠い関係であるとジョーは思っていた。ただこの点を話し合っても埒があかないないので話題を変える。
「姫、今回も誘ってもらってとっても嬉しい。でも姫に会う時にはお手当を払いたい。そうじゃないと僕の心のバランスが取れないんだよ」
「ねぇ、ジョー、何か勘違いしてない?私が結婚した時点であなたと私は対等な関係になったんだよ。そもそもジョーに私が満足できるお手当が払えるの?」
そう言われると何も言えなくなるけれど少し抵抗してみる。
「頑張るよ」
「もうジョーは頑張らなくていいんだよ。あなたには1番感謝してるんだから」
これは何度か言われた。姫にはいわゆる太オトウサマが何人かいらっしゃるが姫が望んだ時シノゴの言わずお金を出したのはジョーだけだったらしい。シノゴの言わなかったのは言えるような状況ではなかったからだ。ただただ姫に嫌われたくなかった。そしてジョーか本当の?お金持ちになれない理由もよくわかった。


【結局、そうするのが1番だよなぁ】
姫とはオサム君からの紹介で知り合った。ご飯を食べたり、早い段階で旅行に行ったりした。お手当の話が出たのは初ベットインの前で一応「姫への投資」という形だった。ジョーにしてみたらまぁまぁの額だったけれど、お金のリターンがあるとは思えなかったからこれで付き合えると思っていた。その後もあれこれとあり、もう一度姫へ一度目と同じ額を「投資」し今に至っている。何度も心をかき乱され、何度も「もう会わない」と決意したのにその決意が守られたためしがない。だから抵抗するのはやめた。その代わり少しでも心の平静さを保つためにもお手当を渡すことでケジメと姫との距離を守りたい。そうでなければ何かめちゃくちゃなことをしそうな気がしたのだ。というわけで姫にはジョーの提案を受け入れてもらった。金額は姫の言い値。某掲示板でも一部の女子から驚かれないにしても怒られない程度?の金額だ。一仕事終えると急に睡魔が襲ってきた。後片付けは翌朝にさせてもらってCPAP を装着する前に意識不明となった。

 

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