私的心ジョー風景 ~ジョー、バチがあたるの巻~後半
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「わかっちゃいるけどやめられない」
×月×日
長く生きていると何をやってもうまくいかない厄日としか呼びようのない日を経験することがある。
この日はまさにそういう日だった。サクラちゃんには振られるし、カヨコ姫は怒って泊まらずに帰っちゃうし。
これくらいついてないと辛いというより笑いがこみ上げてくるから人間の感情は不思議だ。
しかし問題はその後で、本当の辛さが後になって心に迫ってくる。
ジョーの場合で言えばサクラちゃんの存在がいかに大きなものであったかを痛感させられた。
そしてサクラちゃんに別れを告げて随分経つのにジョーの心のキズは未だに癒えていない、というよりカサブタができかかるとそれを自ら剥ぎ取り、キズが癒えるのを拒否している。
負け惜しみに聞こえるかもしれないし、実際負け惜しみなんだけれど、ジョーはずっとサクラちゃんに失恋したいと思っていたのだ。
そしてその気分が持続するように傷口に塩を塗り続けている。齢 50 歳を超えた既婚男性がやることじゃないのはわかっているが、
「わかっちゃいるけどやめられない」のは植木等だけではない。
「簡潔さ」と「インパクト」は両立しない
サクラちゃんから一方的に宣言された3つの条件について具体的な内容は書きたくない。
それを書くとジョーのセコさと度量の小ささがバレてしまうからだ。
ただ電話口で沈黙が流れていた時、ついに望んでいたことが起こったとまずは思った。
3つの条件のうち3つ目はどうしても受け入れ難い。未練タラタラだし、後悔するのはわかっていたけれど、ジョーの答えは決まっていた。
そうすれば望んでいた失恋が完成する。
それでも返事に少し時間が掛かったのは何と言えば良いか迷っていたからだ。
出来るだけ簡潔に、そしてインパクトがあるように。色んな考えが頭の中に巡ったが
この場合「簡潔さ」と「インパクト」は両立しないと判断し、前者をとった。
「3 つ目の条件は受け入れられないからお別れだね。残念だけど」
再び沈黙。今度沈黙を破ったのはサクラちゃん。ジョーに負けず簡潔だ。
「そう。色々ありがとう、おやすみなさい」
「おやすみ」
電話を切るジョー。直後に、サクラちゃんからメールが来た。
「ジョーさん、色々とありがとう。とっても楽しかった。お元気で」
その文面を確認してジョーはサクラちゃんに関する連絡先や過去のメールを全て削除した。
(実を言うとこれは無駄な作業だ。少なくとも連絡先は全てメモライズされているからだ。頭の中の記憶を削除することはできない)
それでもこうしてジョーのサクラちゃんに失恋したいという望みは実現されたのだった。
「オンナゴコロ」は欧州情勢並みに複雑怪奇
話がややこしくなったのは店に戻ってからだ。
カヨコ姫は明らかに機嫌が悪くなっていたが、その理由がジョーにはさっぱり分からない。
なだめすかして店を出て、部屋に戻った。早galカヨコ姫の尋問が始まる。
「サクラちゃんって、誰?」
カヨコ姫の声には怒気を含んでいる。携帯がなった時待ち受け画面を見たらしい。
「交際倶楽部で知り合った子だよ。さっきの電話で終わったけど」
正直に答えるジョー。
「名前の後にがあった。私にもついてるの?」
ついていないどころかそもそもカヨコ姫の電話番号を登録さえしていない。
最初に会った時、ジョーから声をかけたので、姫の携帯番号を知らない。
姫とはLINEのみで連絡を取り合っていたし、それで不都合には思わなかったので、携帯番号は聞かなかったのだ。
カヨコ姫にはそれが大変ご不満らしくいくつかの問答の後、ついに泊まらずに帰ると言い出した。
不謹慎だけどもうちょっとで笑い出すところだった。カヨコ姫は魅力的な女性だけど姫と恋の駆け引きをするつもりはない。
カヨコ姫には彼氏がいるし、はっきり聞いたわけではないが、ジョー以外に定期的に会うパパが少なくとも二人はいるようだ。
ジョーにとって好都合だし、カヨコ姫にとってもあれこれ詮索しないジョーの存在を割り切った形で認めてくれていると思っていた。
しかしながらサクラちゃんの存在は姫のプライドをいたく傷つけたようだ。
こうなったら押し問答をしても時間の無駄だ。
ジョーは白旗を上げることにした。
「今日は帰えれば良いよ。機嫌がなおったら連絡頂戴ね」
と言って渡すものはいつも通りの金額を渡した。もちろん?それはしっかり受け取り、小さな声で「ありがとう」と言ってカヨコ姫は立ち去って行った。
姫が振り返ることなかった。姫はジョーが考えていた以上に強情なタイプらしく、5 分後にはラインがブロックされていた。
ある意味爽やかである。
それにしてもジョーにとって「オンナゴコロ」は欧州情勢並みに複雑怪奇だ。
メゾネットタイプの部屋に一人で寝ると寂しい
このようにかなりの厄日であったが唯一の収穫は
「メゾネットタイプの部屋に一人で寝ると寂しい」
ということを痛感できたことだ(苦笑)。
その代わり、二人の女性の思い出に思いっ切り浸ることもできた。というかただ単にそれ以外にやることがなかったのだが。
まずはカヨコ姫。一度書いたことがあるように思うけれど彼女の魅力は清楚系の美人であるのに話の引き出しが豊富で、ユーモアのセンスもあるところだ。
芸術に対する造詣も深くて専門的に勉強したわけでないけれど、好みの芸術が明確でそれを自分の言葉で話すことができた。
だから姫の芸術観にはいつも感心していたし、楽しい時間になった。しかも酒豪でなおかつビール党(ジョーと同じくサッポロ派)であるのも嬉しかった。
食べ物の好き嫌いが少なく、華奢なのに意外と大食漢なのもジョーにとってはポイントが高い。
ジョーは未経験だがベットの技量も高いらしい。ベットを共にした男性からは大抵風俗経験を疑われると言っていた。
一度くらいはご相伴にあずかりたかったなあと今頃になって思う。美術館に付き合ってくれる女性が一人減ったのもとっても寂しい。
五感を通してメモライズされている。
一方サクラちゃんとはいつもいろんな話をしたし、楽しい時間だったはずだけれど具体的にどんな話だったか不思議なことだが記憶の中にあまり残っていない。
逆に頭の中に焼き付き、おそらく消えることがないのは彼女に対する瞬間的な感覚・感情や彼女の映像である。
例えば待ち合わせ場所にやって来るときの僕の姿を目で探す表情。
僕を認めると笑みを浮かべ、そして時には両人差し僕に向かって指を突き出す瞬間的な仕草。
別れ際タクシーに乗る前にハグをして彼女の頬の火照りを感じる瞬間。
そして胸の鼓動。
手帳を開き眉間にシワを寄せながら予定を確認するところ。
ある日髪型を褒めると意外にも真っ赤になって照れたこと。
美味しいワインを飲んだ時グラスを持ち上げながら感嘆を上げる姿。
これらの映像が五感を通してジョーの中でメモライズされている。
視覚の印象は強いけれど、ある場面では聴覚、また別の場面では嗅覚、触覚や味覚と共にメモライズされている。
だからジョーにとってサクラちゃんと過ごした日々は単なる記憶ではなく、五感に刻み込まれた記憶なのだ。
ジョーはもう若くはないから昔のように失恋しからといって泣き叫ぶこともない。
ただサクラちゃんと築いた五感を通した記憶がもう積み重ねられないと思うと胸がキリキリ痛む。
と同時にジョーは少しホッとしていた。これ以上翻弄されることもないと思うからだ。
時間が解決しないことは少ないということも知っている。この時点では久しぶりに失恋の気分を味わうことに決めたジョーであった。
しかしジョーが自分で思っているほど人生を悟っているわけでも知っているわけではなかった。
失恋の痛みは予想を超えていたし、サクラちゃんへの思いは簡単には断ち切れなかった。
この後彼女とはもう一悶着起こすことになる。
現在進行中につき、その顛末の報告はしばらく後になりそうだ。
ジョー