実録「いいパパ」の罠──後編
[前回のあらすじ]
パパ活が似合わない、素朴な「パン屋の店員さん」のような22歳の女性、樹奈さんとマッチングした僕。会ってみると、彼女は年齢よりずっと幼く見える「少女」のような人だった。
一緒にいるのが恥ずかしいと思いつつも、すぐに仲良くなって、いろいろと話をした。しかし、彼女が何でパパ活を始めたのか、さっぱり分からない。男性経験は極端に少ない様子だし、お小遣いを多く求める訳でもない。
大体お金を使うタイプにも見えない。パパ活がどういうものか分かっているのか、危険なども承知でやっているのか──。もやもやを抱えたまま2回の会食を終えた。
3回目に会うと、なぜか距離が開いていて、これまでのようには楽しくない。「他にも定期で会っている女性が数人いるし、この先の展開も期待できないから会うのをやめるか……」と考えた僕は、これまで感じた疑問を全部聞き出そうとするのだが──。
Contents
素朴女子とパパ活男の攻防
「あのさ、やっぱり樹奈ちゃんが、パパ活はじめたメンタリティーが分からない。この前、聞いたとき、彼氏も今まで3人くらいって言ってたじゃない? 学生時代もこんなことしたことないって言ってたし、樹奈ちゃんにとっては結構大きな一線だったと思うんだよね。それを軽く越えたのは、なぜなんだろう」
最近は、樹奈ちゃんに限らず、ごく普通の、むしろ異性経験が少ない女性もパパ活などに手を出している。どのような心性なのか、単純に興味もあった。
「んー、友達に勧められたの。その友達、なぜかお金持ってて、いろいろ買い物してていいなーって思って聞いたら、パパ活だって教えてくれて。だからかな。あと、知らない世界を見てみたいとか。私、パパ活って、すごい高級車で迎えに来られて、高級なフレンチに行くとか、そんなのイメージしてて、興味があったというか……」
やっぱり、よく分からない(苦笑)。
大学も出てるし、知的好奇心はあるし、頭が悪い子じゃないとは思うんだけど。
ただ、話の端々から、「自分が幼く見える」というのがコンプレックスであるらしく、大人の女性になりたい、そんな意識があるように読み取れた。これは、危うい。
「で、実際やってみて違った?」
「全然違いましたよー。けいすけさんが一番楽しい」
この子は、素朴で何も考えていないように思えるのに、さらりとこんなことをよく言う。
「変なこといろいろ言われたでしょ。『大人』とか」
ここでぐっと攻めてみた。もやもやしたものを解きはらうかのように。
「言われました……。最初は『そんなの考えていないからいいよ』って言ってくれたから会ったのに、最後にいきなり『どう?』とか……。そんなのばっかり」
彼女の顔が曇った。しかし、こんな素朴で幼い彼女に、そいつはよくそんなことを言えたもんだ。樹奈ちゃんみたいな子が、そんな目にあったことそのものにも腹が立つし、そもそも何も知らずに足を踏み入れている樹奈ちゃんにも、少し腹が立った。
説教
「あのね、樹奈ちゃんは、本当はそんなことを言われるような目に合う子じゃないよ。だから聞いたの。なんで、パパ活を始めたのかって。そういうもんだよ、男はほとんどそういうつもりでやってるの。下心がない男なんて、ほとんどいないんだから」
僕は、すでに5杯目に口をつけていた。
「俺だって、最初はそういうつもりあったんだよ。でも、最初に会ったときに言った通り、あまりにも、女の子みたいだから、そんな気はなくなっただけ」
「そうなんだ!」
「僕は、どんな人に見える」
「え? ちゃんとしてて優しい人みたいな」
「僕ね、めちゃくちゃ、遊んでるよ。女性経験300人くらいあるし」
「え!!!! まじ!? しかも300人!? 300人はやば」
「そんなふうに見えないでしょ。でも、そうなんだよ。だから、男は分からない。樹奈ちゃんは、すごく隙があり過ぎて、心配だよ。もう、説教します」
彼女は、いつの間にか、またタメ口に戻っていた。
僕は彼女に、最初に会ったときに体を何度もぶつけてきたが、それは男によっては変なメッセージととりそうなこと、はじめて会うのに足元がふらつくほど飲んじゃいけないこと、2回目に会ったときに目黒川沿いを少し散歩したけど、暗い人通りの少ない道を一緒に歩くのに無警戒なのは危ういこと、鞄やスマフォを置いたままトイレに行くけど、それも相手によっては危険なこと、すごい高級車で迎えに来るイメージなんて言ってたけど、知らない男の車に乗っては絶対にダメなこと、前に一緒にカラオケ行きたいなんて言ってたけど、それも危険なこと、盗撮したり録音したりする男がいるから、いくらでも警戒して損はないこと、などなど、一方的にまくしたてた。
これで、関係が悪くなってもいい、そう思った。
罠にはまる
彼女は、僕の目を見ながら、少し目を見開いて、話を聞いていた。
そして彼女は、グラスに視線を移した。いくらなんでも、ちょっと言い過ぎたか。
「けいすけさんって、いい人だよね……。普通、こんなこと言ってくれないよね」
「僕のことだって、信用しちゃいけないよ。だって、300人だもん」
「やば。300人はやばいでしょ。どんな世界が見えるの? 女性のことなんか、みんな分かっちゃうでしょ」
「まだ分かんないことだらけだけど、樹奈ちゃんは危うい感じがするよ。この先、心配」
「分かった、気をつける……」
彼女は2杯目の梅酒ソーダに口をつけた。
そして、僕に顔を向け、僕の目を見た。幼い顔はそのままだが、なぜか目は、大人の女性のような目になっていた。ほんのかすかだが、色気すら感じた。
彼女は、強い目で僕を見て、心に染み入るような笑顔になって、こう言った。
「けいすけさんは、信じるよ。だって、いい人だもん。また会ってくれますか?」
……恋愛もたくさんしてきて、援助交際もたくさんして、300人も経験したけど、やっぱり女性って、分からない。
この目と笑顔と台詞が、僕の胸に刺さってしまった。
女性は天性に、男の心を射抜く矢を持っているとしか、思えない。
彼女に対しては、もう下心はないし、それに下心を持てない関係性を作ってしまった。
下手に心の交流なんて、するもんじゃない。
まさに、「いいパパ」の罠である。
でも、彼女は下心抜きで、かわいいと思うし、また会いたいと思ってしまった。初めてのステージだ。
仕方ない、この罠、乗るとしますか──。
もしこれが彼女の計算だとしたら、女性が怖くなるかも。
(完)
※ただし、彼女との関係はまだ続いているので、続編があるかもしれません。