「パパ活」が生まれた背景──援助交際からパパ活の誕生まで
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援助交際から割り切り・サポ活まで
私が「パパ活」という言葉を知ったのは、確か5、6年前のことだったろう。
当初は、女子大生や20代OLなどの若い女性の間で広がった「プラトニックな援助交際」を指していた。大手交際クラブが戦略的に作り出して広めた言葉という説もある。
パパ活が生まれる背景には、1990年代から始まり社会問題となった女子高生・女子大生を中心とした「援助交際」、2000年代からSNSの浸透を背景に、あらゆる世代、あらゆるタイプの女性の間に広がった「割り切り」や「サポ活」といった土壌があった。
援助交際は、女子高生や女子大生の間に広がった一種の狂騒のようなブームで、10代女性の性の商品化と、それを買う中高年男性の倫理的劣化が、大きな社会問題となった。
これはバブル時代の女子大生ブームで虐げられてきた、「おじさんの反乱」という側面もあると思うが、そのことはここでは於く。
続く「割り切り」や「サポ活」は、援助交際という言葉をただ言い換えただけのものである。
援助交際時代の末期の荒れた状況や、ブームが去ったゆえの語感のダサさが忌避され、援助交際の略称である「援助」や「援交(円光)、「円」の言い換えとして、「割り切り」や「サポート」などの言葉が使われるようになったことから始まった。
その後、割り切りという言葉の使用はしだいに低調になり、サポートに婚活ブームから流行った「〇〇活」という表現が組み合わさり、サポ活が主流となった。
割り切りやサポ活という言葉が使われだした2000年代は、TwitterをはじめとするSNSが一般に広がった時期と一致する。割り切りやサポ活は、この社会的動向を背景に、かつての援助交際とは違って、静かに、そして、あらゆる世代に徐々に浸透していった。
経済の低迷と不況という背景はあったが、女子大生や女子高生はもちろん、20代・30代のOL、主婦、果ては女子中学生や高齢者まで手を出した。
SNS上で割り切り・サポート相手を募集する匿名女性、いわゆる「裏垢女子」と会ってみると、大手企業のOL、銀行員や教師、上品で清楚な主婦などということがざらにあった。
サポ活のおそろしいところは、援助交際と違い、「普通のきちんとした女性が簡単に性を売っている」という点にあると思う。何が「普通か」という問題には、ふれない。
これらはもちろん、「普通のきちんとした女性」の一部ではあるだろう。
しかし、多くの女性が簡単に「性を売る」という一線を越えている現状がある。
表にあまり出ない分、社会にかなり深刻な影響を与えている気がする。いや、貧困やモラルという社会問題の表出かもしれない。
聞けば、欧米諸国などでも同様の援助交際(シュガーダディ)が流行しているそうだ。現代の先進社会共通の問題なのかもしれない。
パパ活の登場
少し、話がそれた。
その後、「割り切り」という言葉は少し低調になり、「サポ活」は単にサポートや支援と表現されることが多くなったが、これらの言葉は今でも確実に生きていて、このような関係を結ぶ男女は、広く当たり前のように存在する。
しかし、「割り切り」という言葉が代表するように、これらはとてもドライな関係であり、相手が「普通の社会生活を送る一般女性」であることを除けば、基本的には風俗と変わらない。
当初は一部でみられた、性行為だけでなくデートや食事などを楽しむといった良識ある文化的な交際関係は、2010年代くらいからほとんどなくなってしまった。
今では下手をしたら時間を区切って最初からホテルで待ち合せるくらい、即物的な取引が中心となってしまっている。
また、中高年や低所得層、プロなどの多様な人々の参入により、一部のフィールドは荒れに荒れていて、学生などが気軽に参加しにくい状況が生まれていた。
さらに、市場原理の行き過ぎにより値崩れが生じており、若くてそこそこきれいな女性がホテル椿山荘のフレンチディナーコースよりも安い値段で抱けるといった驚きの価格設定もみられていた。
一部では、もっと低くなったかもしれない。
そこで、「そんな値段で体を売る、あるいは体を売ること自体が論外で、できればエッチなこともしたくないが、お金は欲しい」という、若い女性ならばしごくまっとうな考えから、割り切りやサポートはしない女性たちの間で広がったのが「パパ活」である。
初期の「パパ活」は、女性が男性と食事やデート、買い物などをしながら一定の時間を一緒に過ごすことでお手当をもらうというものであった。
もちろん、食事代やデート代、買い物代は男性が持つ。
手ぐらいはつなぐ関係もあるかもしれないが、性的な関係はない。
それだけで金銭が発生する関係そのものに若干の気持ち悪さはあるものの、荒み切ったサポ活とは一線を画して文化的な援助交際を復興させる、文化復興(ルネサンス)のような意味合いをもった。
男性には、金銭的余裕とスマートさ、大人としての良識が求められた。女性は、時間を共有するだけでおごってもらったうえにさらにお手当までもらえるとあって、若くて質の高い女性が多かった。
中心は、女子大生や女子高生、若いОLなどである。
かなりの名門大学・名門校、優良企業の、育ちのよい、きちんとした女性が参加していた。
1980年代後半のバブル時代にも同じような金銭を伴う男女交際はあった。
交際クラブ(デートクラブ)が誕生したのは、そのような時代である。しかしバブル時代のそれはかなりお金がかかる交際だったのに比べて、現代のパパ活はミニマムライフ時代、デフレ時代を反映し、少し余裕がある程度の男性ならば参加できるカジュアルなものになった。
男性は、バブル時代のように超高級車や超高級腕時計を持つ必要はなく、アルマーニやベルサーチのスーツなどを着こなさなくてよく、食事といっても1人1万円未満のビストロやバルでも十分だった。
そのうえ、月に1~2回くらい定期で会えば、関係が維持できる。
このカジュアルでプラトニックなパパ活が、意外にも時代のニーズにマッチし、パパ活は若い女性の間で急速にブームとなった。
2017年には、野島伸司の脚本、渡部篤郎、飯豊まりえの主演で、インターネットドラマとしてdTV・FODで配信され、ついにはフジテレビの深夜枠で地上波放送までされた。
荒れて乾ききった世の中は、お金を介した偽物のピュアな関係を求めていたのだ。
岐路に立つパパ活
しかし、パパ活のプラトニックという文化が維持されたのは、何年だろうか。
今ではパパ活では性的な関係を「大人の関係」、略して「大人」と言い、パパ活での交際は、「大人あり・なし」で選別されるようになっている。
加えて、最後はしなくても、少しエッチな行為はするという「プチ」という形態もあらわれている。
パパ活がムーブメントになっている昨今、非常に多くの男性・女性が参画している。
バブル時代に生まれ、近年はパパ活エージェンシーに進化した、交際クラブ(デートクラブ)のような仲介者だけでなく、パパ活専用のマッチングアプリ(パパ活アプリ)などが生まれ、果てにはSNSなどでパパ活女子と男性を繋ぐ怪しげな業者なども誕生している。
そのような状況のなかで、パパ活がもつ意味や背景を知らない、マナーに欠けた男性・女性が多くなってきているのも事実である。
私が会ったある女性が、「風俗と勘違いしている人がいる」と言ったのが象徴的である。パパ活も、相手を探す場所を選ばないと、幻滅するような相手にしか出会えなくなっている。
パパ活は今後も、従来の援助交際や、「割り切り」や「サポ活」などとは一線を画したものであり続けて欲しい。
パパ活はやはり、経済的にも心理的にもある程度の余裕があって、段取りを重視する良識的な男性が、女性をエスコートする、というものだと思うし、そのような文化を残したいと、強く願う。