実録「いいパパ」の罠──前編
■パン屋の店員さんのような彼女
彼女と出会ったのは、僕がパパ活を始めてから1か月ほど経ってからである。
すでに僕には、定期で会う約束をした女性が3人ほどいて、これ以上、女性との関係を増やすのは、金銭的にも時間的にも難しい状態になっていた。
しかし、そこは男である。
「少し違ったタイプの女性を見てみたい」と、ついつい新しいプロフィールに手を伸ばす。
きちんとは見ない。
気持ちの半分では、「もう気になる人が見つかりませんように」と思っている。
男のアホな矛盾である。
──ん?
1人の写真に目がとまった。肌の色がすごく白い。
顔立ちは整っている。けれど、すごく素朴である。
服装もシンプル。清潔感オンリー。プロフィールのメッセージも控えめだ。
総じて、パパ活女子らしくない。
年齢は22歳。一応、社会人のようだ。
プロフィールの文章、写真の雰囲気から、
「パン屋さんで働いてそう」
そう思った。
容姿や若さなどの自分の価値を分かっている女性、男性向けのPR意識が高い女性、ディール重視の女性たちなどの、「押し」の強めのメッセージを多く浴びてきた僕としては、とても新鮮だった。
もちろん、容姿がタイプで、そこそこ美人だったから、という前提はあるが。
「こういう女性も1人くらいいてもいいかも……」
高くないお店に連れて行っても喜んでくれそう、気取らず、気兼ねなく話せそう、そんな思いを持った。
簡単にいえば、「こっちが楽に会えそう」という、女性に対しては少々申し訳ない思いである。
後日、彼女とマッチングできたことが分かり、早速、アポイントを取ることになった。
■とても一緒に歩けない
どの店がよいか──。
彼女は、銀座、恵比寿、中目黒などが都合がよいと書いていた。
「おしゃれなところに行ってみたい」、そんなメッセージと受け取った。
最初は、比較的高めなところがいいだろう。ちょっと都会的で、ありきたりじゃないところ。
そう考えて、東銀座のシチリア料理の店を選んだ。素敵な店で、たくさんの種類のワインが売りだが、たくさん食べても1人1万円いかない店である。
僕のお気に入りの店の1つである。
彼女は、「シチリア料理、初めてです。楽しみ♪」という可愛い返事。東銀座も来たことがないらしい。
あまり物を知らない若い女性に、美味しいお店、いい街を教える、というのは、男の楽しみの1つと思う。
当日、夜7時半に、歌舞伎座の地下1階、大提灯の下で待ち合わせた。
先に来て待っていると、1人の女性と目が合った。
女性というより、「少女」である。
…………………………………え?
僕は、すごくきょとんとした顔をしていたらしい。
「あ、あの……、けいすけさん、ですか?」
「あ、はい……」
背がすごく低い。150cmくらいか。そういえば、身長をきちんと見なかった。
写真では、高そうな印象を受けたが。
服装は、薄いピンク系のキルト柄のワンピース。インナーで白いTシャツを着ている。
ロリっぽさを意識しているわけでは全然ないが、彼女が着ると、幼い印象に拍車をかけた。
(こ、これは想定外だ……)
一緒に歩くのが、少し恥ずかしいな。
まだ暑い9月。僕はたくさん汗をかいた。
それが最初の出会いだった。
■姪のような感覚
東銀座には、上質な和菓子屋さんなど、さすが歌舞伎座がある街という品のいい店が多い。
「えー、東銀座、初めて来たけど、こんなところなんですね」
シチリア料理の店への道すがら、彼女はいちいち驚いてくれる。
「この和菓子屋さん、前から気になってて、フルーツ大福があるんですよ。買ってみます?」
「わー、はい!」
なんと、初々しい。話を聞くと、大学を卒業して、今年新卒でIT系の企業に入ったらしい。SEだというが、そんなふうに全然見えない。
小さい華奢な体で、大きなトートバックを持っているのも、彼女の幼い印象を加速させている。
「あ、これ、ノートパソコンが入ってるんですよ。持ち歩くの大変です」
IT企業のSEだというのに、全然、様になっていない。
彼女の初々しさは、シチリア料理の店でも同じだった。というか、
アーモンドで作ったというカルアミルクみたいな甘いお酒を飲みながら、かわいいほど、何も知らない。
「えー、これ何ですか?」
「そんなのあるんだー!」
「へー!」
いちいち反応がかわいくて、癒される。
僕とは22歳差。すごく早く結婚していれば、このくらいの娘がいてもおかしくはない。
とても変な感じがするが、娘とは言わなくても、姪のような感覚になってきた。
■何も知らない彼女
彼女は、「パパ活」の経験もほとんどないらしい。今まで会ったのは2~3人と言う。
口が重かったので、それ以上は聞かなかった。
「パパ活」についても、ほとんど何も知らない様子である。
話していても、とても楽しかった。
意外にと言っては失礼だが、知的好奇心が高い様子で、映画の話、本の話、いろんな話に興味を持ってくれた。
彼女もとても楽しそうだった。
「顔合わせ」というのに、2時間以上も会食してしまった。
普通、「顔合わせ」といえば、1時間程度で収めるのがマナーだと思っている。
「ごめんね、こんなに遅くなっちゃって」
「いえいえ、全然」
駅に向かう途中、彼女は「あー、こんな楽しいことってあるんだ~」と、独り言のように言った。
今までに会った2~3人との「パパ活」がどんなだったか、想像できた。
彼女は、少し酔ったようで、歩きながら、僕に肩にぶつかってくる。
本当に、何も知らないんだな。こんなんで「パパ活」なんてやって、大丈夫だろうか。
僕は、心配になった。
駅に着いた。
「じゃあ、本当に気をつけて帰ってくださいね。家に着いたら、LINEして」
「はい、分かりました。またぜひ」
ちょっと酔った、屈託のない笑顔で、彼女はそう言った。
僕は、手を伸ばし、頭をぽんと触った。
「はい、またぜひ」
彼女は、頭を触られても、変わらずニコニコしている。
ここで、抱き着く男だって、いるだろうに。本当に心配だ。
「じゃあ、僕、有楽町まで歩くから」
「はい、じゃあ、おやすみなさい」
道すがら、ああ、また会う女性が増えてしまった。出費が嵩むな──。
複雑だけど、うれしい高揚感につつまれながら、銀座の夜の街を僕は歩いた。