恋愛ワクチン 番外編 過去を書き換える話(2)

悲しい話というのは、語り方が難しい。

淡々と述べれば言外の心情を表せないし、それは言葉を超えるほどのことなのだと、あえて無言で訴えるには筆力が要る。

十八才、高校三年の真紀は、その晩、少し遅くなったバイト先からの帰り道を急いでいて、後ろから黒いバンがゆっくりと近寄ってくることに気付かなかった。

不意に横付けしたその車から若い男が二人現れ、真紀を羽交い絞めにして手で口を押さえながら車に押し込み、抵抗する真紀を脅して、夜は人通りのまったく無くなる緑地公園の駐車場で降ろすと、草むらに真紀を連れ込んで四人で輪姦した。

驚きと恐ろしさで声が出ない真紀の服を脱がして全身を舐め回し、口を吸い、代わる代わる射精した。

真紀は服を着せられ、再度車に乗せられて、元の場所で降ろされたあと、しばらくぼーっと立ちすくんでいた。

親には言えなかった。

近道をしようと、いつもとは違う人通りの無い道を選んだ自分が悪かったのだ。

責められるような気がしたし、病気がちの身で介護の仕事を頑張って自分を育ててくれている大切な母親に心配をかけたくなかった。

父親はいない。

真紀が幼い頃に離婚して以来会っていない。

文章にすればこれだけのことだ。

真紀以外の人間にとっては、ただの事実であり、真っ黒なインクを脳に注ぎ込まれるような痛みは彼女しか味わっていない。

幼なじみで、初めての相手でもある光には、一ヵ月後に打ち明けた

光とは男女の仲では無くなっていても、兄妹のような関係は続いていた。

むしろ関係が近すぎたからこそ、恋人にはなれなかったのかもしれない。

光は高校からは家を出て隣町のアパートで一人暮らしをしていた。

真紀は時々光を訪ねた。

お互い、学費を払うための忙しいバイトの合間に、ほんのひととき鳥が羽を休めるように二人は顔を合わせて、何をするということもなく時間を過ごすのだった。

真紀は黒髪のつややかな瞳の大きな美少女だ。

肌はとても白く上品で、誰もが彼女を育ちの良いお嬢さんと感じることだろう。

小さな肩と大きな胸、それに続く細い腰のくびれは、気品のある顔立ちとは対照的に、なまめかしさをも感じさせる。

学生服を着ていればなおさらだ。

女子高生姿が似合うようでもあり、大人びていて似合わないようでもあった。

レイプという暗い出来事を書き進めるにあたって、真紀がとても魅力的で美しい少女であるという点は強調しておかなければならない

花が手折られる時には、その花がどんなに可憐に、自然の中で風に揺られながらもあるがままに美しく咲き誇っていたかを記述しておくことが重要だ。

真紀は思い切って光に告白した。

頬に涙が一筋流れた。

窓の向こうの美しい鉢植えの花は、いつもと同じように日の光を浴びて変わらない。

真紀は鉢植えの花に生まれれば良かったのに。

花は自らの美しさを知らない、という言葉がある。

そして悲しみも知らない。

光は驚いた。

そしてしばらく黙った。

三年前の自分なら、真紀を抱き寄せただろう。

しかし、今はゲイに目覚めてしまった。

それに幼児期から実の父に性的虐待を受けていた光には、強姦される、ということが、大した事件にも思えない。

物心付いたときには、光は毎晩父親のものをしゃぶらされていた。

それが当たり前、普通ではない、ということを知ったのは随分後のことだ。

何も言わずに、真紀とも目を合わさず、宙を見続けた。

しばらくすると、真紀の嗚咽はおさまり、真紀は光に言った。


ーごめんね、光。


あなたがお父さんにされていた話ほど衝撃的じゃないけど、私も結構辛くて、誰かに話したくて。


聞いてくれてありがとう。ー


真紀は、光のゲイのカミングアウトの際に、父親からの仕打ちの話も聞かされていた。

その晩、光は興奮して真紀を相手に夜遅くまで何時間も語り続けたものだ。


ー俺だったら犯してもらって全然OK、大歓迎だったのにな。ー


真顔で光はつぶやいた。


ー相手はどんな奴?知った顔いた?ー

ー気が動転しててよく覚えてない。知り合いはいなかったと思う。

ーとにかく怪我無くて良かったよ。妊娠とか大丈夫?病院行った?

ー生理来たから大丈夫。母親心配させたくないから、光以外の誰にも言う気ないよ。

光の辛い経験に比べたら大した話じゃないのに聞いてくれてありがとう。ー

真紀は何か勘違いしている。

自分が父親のものをしゃぶらされていたのを、自分は辛い経験とは思っていない。

ゲイであることを自覚して、それを乗り越えることは辛いといえば辛い経験だったが、真紀が見ず知らずの男たちに犯されたのとは違う辛さだ。

真紀はこれまで平穏な生活をしてきて、いきなり複数の男たちに強姦されたのだから、落差の大きさから考えて真紀のほうが辛いに違いない。

光は、見ず知らずの男たちに自分が強姦されるというシチュエーションを想像して、真紀には悪いが、少し興奮してしまった。

今の真紀には言えないが、いつか彼女の心が落ち着いて、真紀がまたこの話を振ってくることがあったら、そう教えてやろう。

二人の間だけの笑い話としてウケるだろう、そう光はぼんやりと考えていた。

光と真紀は裕福とは言えない家庭に育った。

真紀は母子家庭で母親と二人暮らし、光は複雑な家庭環境で高校から一人暮らしだった。

共にバイトに明け暮れた高校生活を終え、成績が良かったので、奨学金を得て別々の私大に推薦入学が決まった。

国立大学を受験することも考えたが、万が一失敗したら後がない。

浪人などする余裕はないのだ。

真紀の在籍するカトリック系の大学には、そういった学生が結構いる。

半分以上、いや、ほとんどは良家のお嬢様だ。

少なくとも真紀にはそう見えたし、世間的にもそう思われている。

しかし、真紀の様にデートクラブでバイトをして奨学金を返済している娘も多い。

真紀は同級生たちを観察して、育ちの良い、あるいは「普通の」女子大生の話題や関心、ファッションや好みなどを注意深くコピーした。

頭は悪くないのだ。

そして貧しい故に蔑まれるという不幸は、小学生時代の恐怖として心に刻まれている。

大学生になってからのバイト代や奨学金の一部は見た目を良くするために使った。

デートクラブで多く稼ぐようになってからは、敢えて同級生たちが羨むような高価なものも身に付けた。

お金持ちのお嬢さんが父親に買ってもらうようなヴァンクリフアーベルの花模様のピアスや、ロレックスの時計などは、全てクラブで出会ったおじさんたちにねだって買ってもらったものだ。

真紀にとっては、偽りで疲弊した心を武装する鎧のようなものだが、元救急医の伊那も、真紀をすっかり良家のお嬢さんと勝手に思い込んでしまった。

伊奈とのホテルのレストランでの、初めての出会いの話に戻ろう。

伊奈は席を立って、ホテルのフロントへと急いだ。

空き部屋を確認すると、手早くチェックインを済ませて真紀のもとに戻り、一緒に部屋へと向かった。

ひょっとして真紀の気が変わりはしないかと、伊奈は少しそわそわしている。

真紀は無言で、しかし従順に付き添う。

部屋へ入って真紀が先に、次いで伊那がシャワーを浴びた。

伊那が体を拭いて出てくると、真紀はベッドに腰掛けて窓の外の夜景を眺めていた。

何かを思い出しているかのようにも見える。

伊那は掛け布団をめくると真紀を横たえ、体を覆っていたバスタオルを取り去った。

白い裸身が薄暗いルームライトの明かりの中に浮かび上がる。

伊那がキスをしようとすると、


ー駄目、キスは出来ないんです。ー

ーそうなの?ー


ーごめんなさい。キスと、あと体を舐められるのも苦手です。ー

ー触るのはいいの?ー

ー触るのはいいです。本当にごめんなさい。ー


乳首を触ってみる。

せつなそうな声を上げて体を震わせる。

感度はよさそうだ。

指を這わせると、しっかりと濡れている。

指先を入れても抵抗しない。

指先を震わすと、腰をぴんと突っ張ってのけぞった。

なんて感度の良い子だろう。

伊那はいつもの習慣で、つい乳房を口に含もうとした。

その時、


ー駄目!舐めないで。お願い。ー


ふと、真紀の表情を見ると、悲しそうに涙を流していた。

体はしっかりと反応しているのに。


ー大丈夫?ー

ー大丈夫です。お願い、挿れてください。ー


伊那は勃起したものをあてがう。

真紀の股間はまったく抵抗していない。

まだあまり使われていないであろう入口は狭く、しかし伊奈をしっかりと咥え込む。

気持ち良い。


ーああっー


真紀は声を漏らした。

伊奈もまた「うっ」と思わず声を上げる。

締りが良い。

腰を動かしながら、真紀を抱きしめ、顔を近付ける。

そのとき、


ー駄目っ、キスは駄目。舐められるのも嫌っ。ああっ、気持ちいい。もっと、もっと突いて!ー


真紀が大きく声を上げた。

伊奈はびっくりしたが、股間は気持ちよく、腰の動きは止められない。

また真紀もそれは望んでいないようだった。

行為を続けながら、伊奈は真紀の表情を見た。

真紀は泣きじゃくっていた。

何なんだろう?一体この子は。
 

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