恋愛ワクチン 番外編 過去を書き換える話(5)

ここでいったん、光が街でアプリを使って男と出会った話の続きに戻ろう。

光は金髪の男とのデートの翌日、再び街を歩いていた。

ハナミズキが色付く季節。花ではなく、葉が綺麗に染まる街路樹。

男でありながら色を売る自分のようだと光は思う。

通りを少し進んで、道脇に停められた白い外車を確認すると、光は黙って助手席に乗り込んだ。

車は静かに発進する。

運転しているのは女性だった。

四十才くらいだろうか。

サングラスをかけて、濃い化粧の顔を隠している。

光は黙ったままスマホを取り出しメールをチェックする。女は光のほうをちらちらと見て、少し落ち着かない様子だ。

ーお腹空いた?何か食べる?ー

ーいや、いいですよ。知り合いに見られたらご迷惑でしょうし。いつも通り直行で。ー

女はそのまま十五分ほど車を走らせて、運河沿いの少しさびれた角を曲がってラブホテルへと入った。

車を降りて慣れた様子で部屋を選び二人はエレベーターに乗る。

女が光に体を摺り寄せてきた。

光は抗うこともなく、かといって積極的な様子もなく、流れのままに女の肩と腰に手を回す。

ーキスして。ー

光は女の口にキスをする。

女はむさぼるように吸い返す。

息は既に荒い。

ーもっと強く。ー

光は強く女の唇を吸う。

少し咬む。

ーそうよ。もっと強く。強く抱きしめて。ー

部屋に入り、女はスカーフを外した。

カールした長い髪が背中まで流れ落ちた。

清楚な美人だ。

昔は随分ともてたことだろう。

待ちきれないように光のズボンと下着を降ろして、ペニスを咥える

まだ硬くなっていない。

光は目を瞑って、昨日抱かれた金髪の男の褐色の胸を思い浮かべる

その男は光のアナルに二回射精した。

その時の快感を思い浮かべて光のペニスは勃起した。

女は大きくなった光のペニスを愛おしそうに頬擦りし、光をベッドへといざなった。

ー叩いてもいいのよ。ー

頬を叩いて欲しいのだ。

光は知っている。

黙ったまま女の頬を平手で打つ。

ーああっー

次は両手首をつかんで頭の上で抑えつけ、乳首を歯型がつかないよう加減しながら甘噛みする。

そしてもう片方の手で膣内をいじり、光の長い指で奥底を突く。

程良いところでペニスを挿入して、最後は首を絞めて絶頂に追い込む。

いつも通りの手順だ。

光は黙々と作業を進める。

射精の時には、再び目を瞑って、あの金髪の男を思い浮かべる。

男の臭いで充満した乱雑に散らかった部屋で、男は白い歯で笑いながら光を姦した。

そのときの快感を思い出す。

ーああ、いくっ、いくわ。お願い、あなたも来て。ー

ー僕も気持ちいいです。志保さん。ー

女の名前は志保と言った。

名前を呼んでやるのはサービスだ。

お金を貰う客なのだから。

ホテルの部屋には、紫陽花のドライフラワーが飾られていた。

紫陽花もまた、花のように見える部分は花弁ではなく萼(がく)である。

万華鏡のように広がる水色の繰り返し模様は、まるで海の波模様のようだ。

かつて花畑で咲いていた時には、空と青さを競っていたのだろう。

光の父は、母親の妹とも関係を持っていた。

というよりも、レイプを繰り返していた。

母親の妹は知的障害者だったからだ。

それを知った母親は怒って父親のもとを去った。

光が中学一年のときのことだった。

ある朝、光が起きると母親と幼い弟がいなかった。

光の容貌が父親似だったので、置き去りにされたのだ。

捨てられた、と思った。

それは、父親が幼い自分にさせていたことが異常だということをようやく知った時期でもあった。

家に帰るのが嫌で、学校が終わった後は毎日のように幼馴染の真紀の家に立ち寄った。

学校では明るいひょうきん者を演じた。

しかし内心では、世界が消滅してしまえばいい、といつも密かに思っていた。

クラスのやんちゃな不良と喧嘩をしたことがある。

いつも女子とばかり談笑する光を不良がからかい、光が無視していると拳で殴ってきた。

かわして応戦していたが、なんだか面倒になってきたので、かわすのを止めて殴られるままにすることにした。

先生が止めに来たときには、光の頬はボコボコだった。

不良は、光の妙に覚めた目に違和感と不安を感じて、殴り続けたのだろう。

その後不良は、光と目を合わせようとはしなくなった。

光の母親の居場所はその後判った。

小学生の弟がある日訪ねてきたからだ。

隣町から二駅を歩いて光に会いに来た。

光は弟を母親のもとに送り届けた。

母親は気まずそうな顔で光と再会し、生活の苦しさを訴えた。

光は、中学を卒業したら働いて、母親と弟のために仕送りをしようと決意した。

しかし中学の先生は光に進学を勧めた。

成績が良かったからだ。

光も学校には行きたかった。

父親の家を出て、母親と弟の住む町で一人暮らしし、バイトを掛け持ちしながら高校に行き、母親と弟のために仕送りもしよう、出来るかどうかは判らないが、とにかくやってみようと考えた。

朝はコンビニで働き、夜は寿司屋のバイト、へとへとになるまで働いて勉強もした。

わずかではあるが仕送りもしながら三年間を過ごした。

ときどき遊びに来る、幼馴染の真紀とのおしゃべりが楽しみだった

真紀は初体験の相手ではあるが、今は光の性的対象がはっきりと男性であることも理解して、まるで仲の良い兄妹のようだった。

真紀は、化学の先生との禁断の恋の経緯を、光にだけは全て打ち明けられたし、光もまた、毎月バイトで稼いだ額を真紀に自慢して、母親と弟に仕送りしていることを話した。

真紀だけが、すごいねと感心し認めてくれた。

真紀がいなかったら、心が折れていただろう。

窓からはいつも、隣の鉢植えの花が見えていた。

花の種類は季節で変わるが、同じ花でもその色合いは、眺める人の心の在り方によって変わる。

花は心の鏡のようだ。

真紀と光は、共に故郷からは少し離れた都市部にある大学に進学した。

二人とも推薦入学で、奨学金を頼ってであることは、既に記した。

光はこれまでと同じようにバイトを続けたのだが、光の選んだ学部は理系で課題が多い。

高校までのように、地頭の良さで授業を受けてさえいれば単位が取れるというものではなかった。

それに加えて弟が高校進学を控えていた。

自分には何もしてくれなかった母親が、当然のように光に弟のための仕送り増額を無心してくる。

自分を捨てた母親に情は薄かったが、弟には自分のような苦労はさせたくない。

真紀から裕福な中高年男性相手のデートクラブの話を聞いた。

身なりを見ても随分と高校時代とは変わって、お嬢様然として羽振りが良さそうだ。

自分はゲイだが、ゲイの若者は売れないのだろうか?

ネットで調べたが、ゲイの出会いアプリやサイトはあっても、ゲイのデートクラブというのは見つからなかった。

自分は女性も相手出来なくはない。

裕福な女性相手はどうだろう?

こちらは、規模は小さいながらも見つかった。

ママ活というらしい。

早速登録してみた。

何人かの女性とデートしてみて、真紀の話とも照らし合わせて判ったことは、ママ活というのはパパ活に比べて、お手当ての額が格段に少ないということだ。

ゲイとして男性に抱かれる場合はもっと少ない。

真紀のようには儲けることが出来ない。

中学、高校、大学と頑張ってきたが、光の心は折れ始めた。

いったい自分の人生はいつ始まるのだろう。

マイナスの底から必死で這い上がって、せめて人並みの出発点まで辿り着こうともがいてきたのだが、先が見えない。

なんだか全てが虚しくなってきた。

はっきりしていることは、弟への仕送りが必要と言うだけだ。

それなら大学を無理して続けなくても、バイトだけでも出来る。

アプリでゲイ仲間と出会うことも覚えたし、ママ活も真紀ほどの実入りはなくても普通のバイトよりは効率が良い。

もうそれでいいじゃないか。

自分は頑張った。

誰も評価してくれる人はいないし、自分で自分を褒める気にもならないが、もう終わりにしよう。

その頃から人魚の夢を見るようになった。

出口を探すことを止めれば、世界はきっと広い海なのだ。

空を泳ぐことも出来る。

解放されるということは、自らの足に繋がれた鎖を受け入れることだと知った。

水の中で吐息は、泡となりゆっくりと水面へと上がっていく。

子供が手を離した風船のようだ。

あの泡は悲しみであり希望だろう。

自分の魂のようでもある。

不思議と体は軽く、水底にゆらゆらと揺れる影ほどの重みも感じない。
 

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