「恋心売ります」第三話

さくらんぼの精の智恵里ちゃんはお母さんが大好きでした。
しかしお母さんは智恵里ちゃんをあまり可愛がってくれません。
「あんたなんか産まなきゃよかつた」そう言われたこともあります。
智恵里ちゃんはなんとかお母さんに好かれようと、お手伝いをしたり、良い子であろうと頑張ったりしたのですが、お母さんは振り向いてくれません。
智恵里ちゃんはオルチャード村で果物を売り始めました。お母さんから十分は生気が貰えず、このままでは枯れてしまうと思ったからです。
そのことを知ったお母さんは智恵里ちゃんに酷いことを言って、なおかつ旅人たちから分けて貰った生気を寄越すようにとも言うのでした。
今、智恵里ちゃんはお母さんから逃げて隠れて暮らしています。だけどいつかはお母さんと仲直りして一緒に暮らしたいと願っています。
だって家族なのだから。
智恵里ちゃんのさくらんぼを美味しいといつも買ってくれる旅人さんがいます。
その旅人さんにも昔、家族がいました。今はいません。
「智恵里ちゃん、僕たち家族がいないってところが同じだね。似た者同士、家族になろうか?」
智恵里ちゃんは言いました。
「私も旅人さんはなんだかお父さんみたいだと思っていました。嬉しいです」
旅人さんは智恵里ちゃんのところに足繁く通って、さくらんぼを食べては生気を渡しました。
そのおかげで智恵里ちゃんは痩せていた体も女の子らしくなって来ました。
そんなある日、智恵里ちゃんは隣のマートル村でお祭りがあることを知りました。
お祭りには、色んな村から若い男女が集まって、仲良くなって将来家族になる約束を交わすのだそうです。
「私も本当の家族が欲しい」
そう思った智恵里ちゃんはそのお祭りに行くことにしました。
可愛いらしい智恵里ちゃんはすぐに一人の男性から声をかけられました。
その男性は智恵里ちゃんよりも少し年上でしたが、彼もまた本当の家族を作りたいと、このお祭りにやってきたのです。
智恵里ちゃんはその男性と暮らし始めました。
しかし男性には問題がありました。 智恵里ちゃんに暴力をふるうのです。そしてオルチャード村で暮らしていたことを非難もしました。
智恵里ちゃんは仕方ないことだと思いました。偽りの恋心の香りを付けたさくらんぼを売っていた私が悪いんだわ。
一方、オルチャード村では、急に消えてしまった智恵里ちゃんを旅人が心配していました。 しかし、よくあることでもあるし、きっと智恵里ちゃんはどこかで幸せになっているだろう、そうも思っていました。
そんなある日、旅人がある村に立ち寄ったところ、たまたま痩せこけた智恵里ちゃんを見かけました。
旅人は驚いて声をかけました。
「どうしたの?智恵里ちゃん、すっかり生気が無くなってしまっているよ」
智恵里ちゃんは答えます。
「お久しぶりです、旅人さん。今私には家族が出来たのだけど、なんだか幸せになった気がしないの。旅人さんにさくらんぼを売って生気を分けて頂いていた頃が懐かしいわ。あの頃に戻りたい」
旅人はこれは尋常では無いと考えて、智恵里ちゃんを救い出すことにしました。
そして智恵里ちゃんをオルチャード村に連れて帰りました。
再び智恵里ちゃんと旅人さんの平穏な日々が始まりました。
しかし智恵里ちゃんはどこか落ち着きません。
ある夜、智恵里ちゃんは旅人さんと言い争いになりました。 智恵里ちゃんが再び男性と連絡を取っていることに旅人が気付いたからです。
「暴力や暴言は治らないよ。他の男なら僕もこんな風に智恵里ちゃんに干渉したりしない。悪いこと言わないからあの男だけはやめておきなよ」
旅人さんは言いました。
そして智恵里ちゃんは答えます。
「私は本当の家族が欲しいの。あなたは私から果物を買って生気を少しだけ分けてくれるだけのひと。決して家族じゃない。もう私に構わないで」
そして智恵里ちゃんは再びオルチャード村から消えてしまいました。
本当の家族とは何なのでしょう?
旅人はかって家族を持っていたときのことを思い出しました。
そして溜め息をついて呟くのでした。
「俺は決して幸せとは言えない。しかし、家族がいたあの頃よりはまだましだ。」と。
さて、これで話が終わってしまったら、後味が悪いことでしょう。
家族というのは、多くの人にとって幸せをもたらす大切なものだからです。そういう救いの出口まで連れて行ってくれないお話というのは、なんだか納得がいきません。
しかしオルチャード村では、いつも物語がこんな風に、まるで切れ端のように終わってしまうのです。
それは寝ている時に見る夢にも似ています。
オルチャード村での出来事は、ひょっとしたら全てが夢なのかもしれません。だから断片的なのかもしれないですね。








