ナナ姫ノ事3

【最初にアレコレと愚痴のようなものを】
 先般、匿名質問掲示板で「コラムDarlingはピンと来ない」とあった。そりゃあそうだろう、還暦を控えたオッサンが若い女の子の事を思って真っ昼間のしかも人が行き交う四条大橋で号泣することにピンと来てもらったらそっちの方が困る。自分の事なのに、他人事のように書いてしまうけれど、我ながらどうかしていると思うからだ。でもね、人生には時々思い掛けないモノやコトが侵入してくることがある。そして宇宙倶楽部でそういう事が起こる確率はまあまあ高いというのがジョーの見立てだ。そこがマッチングビジネスの魅力であり、恐ろしい所でもある。知り合ってはいけない同士が知り合ってしまうということでもある。それはヘビーもライトも関係ないと思う。
 例えば前回の四条大橋での号泣シーン?で実際に起こって書かなかった事がある。それはジョーが一人でワンワン泣いていたら、見知らぬオッサンに声を掛けられた事だ。そのオッサンはジョーが言うのも何だけれど、冴えないオッサンで例えていうならば大阪・日本橋で屑鉄回収のためリヤカー引いているオッサンと言えばイメージできるだろうか?(ちなみに大阪では「日本橋=にっぽんばし」と読みます。東京の同名の場所とはかなり雰囲気が異なります)
 リヤカーを引かないそのオッサンは人々が避けるように通り過ぎる中、声を掛けてきた。
「兄ちゃん、何で泣いてはるの?」
 久しぶりに「兄ちゃん」と声掛けられた気がする。どれくらい振りかというと実際にジョーが自他ともに「兄ちゃん」と呼ばれて差し支えない頃以来だから数十年ぶりだろう。オッチャン、多分やけど、ジョーの方が多分年上やで。
「会いたい女性に会えないからです」割と正直に?ストレートに答えた。
「どうせ、フラれはったんやろ⁈、そりゃあ、仕方ないでえ」
 そうだ、ジョーはフラれたんだ、妙に納得した。でもそれを強く否定するためにも心中とは異なる言葉を発する。
「もう、この世に居ないから会えなんです」
 見知らぬオッサンに本当の事を言って何になるんだろう。
「それやったら、辛いわなぁ、会いたいわなぁ」
「はい、会いたいです」
 再び、ジョーの眼から涙が溢れ出す。そしてオッサンは清潔とは言い難い手で、ジョーの背中を摩ったのだった。

  ジョーのささやかな人生の中ではかなり奇妙な出来事だ。と同時に姫への想いを断ち切るか、何かを大きく変えないと自分自身がダメになるような予感がした。姫への想いを断ち切るのは簡単ではないし、相変わらず毎朝目覚めると姫がジョーの心を占めてしまう。 
 感情の起伏が激しくなっている事の自覚はあった。このままでは人間関係に支障が出るのは時間の問題だろう。既にオサム君はそれに気が付いていて、心療内科での受診を勧める。でもジョーはどうしてもその気になれなかった。だから荒治療だけど、由美さんと会って話をする道を選択したのだった。

【由美サン、姫ノ日記、ソノ他ヲ携エテジョーノホテルニヤッテ来ル】
 約束ハ十四時。昼食ハ済マセテ来ルヨウオ願イシタ。食事ヲ共ニスルト色ンナ想イガ溢レソウダッタカラコノ時間帯ヲ指定シタノダ。出来ルダケ短時間デ終ワラセタイ気持チモアッタ。
 待合セハホテルロビー。予想シテイタガ由美サンハキモノデヤッテ来タ。ブルート赤ノ蚊絣(かすがり)ヲ竪縞調(たてじま)ニ配シタ大島紬ニクリーム色ノカラフルナ唐花模様ノ織リノ名古屋帯ヲ合ワセル。水水シク、若々シイコーディネートデ由美サンノ美シサヲ引キ出シテイタ。由美サンハジョーヨリ三ツ年下ノ五十五歳ダケド、トテモ五十代ニハ見エナイ。二月末デ、寒サノ緩ンダ日ダッタカラナノカ羽織ハ着テイナイ。姫ノ父親、ツマリ由美サンノ旦那(婚姻関係ハナイ)ハハーフダカラ姫ト由美サンハ余リ似テイナイ。ソレデモコウシテ着物ヲ着ルト「姫ト由美サンハヤッパリ親子ナンダナア」ト思ワザルヲ得ナイ。着物ヲ身ニツケタ時ノ佇マイガソックリナノダ。
 短イ、型通リノ挨拶ヲシタ後、エレベーターニ乗ッタガソノ中デハ二人共無言ダッタ。既ニロビーデ天気ノ話ハシタカラ何ト声ヲ掛ケタライイノカ分かラナイ。最上階デエレベーターヲ降リ、ジョーノ泊ッテイル角部屋ニ案内スル。ドアヲ開ケルト直グニ簡易的ナキッチンガアリ、リビングベットルームト続ク。部屋ノ広サハ27㎡デ一人デ一時的ニ暮スナラ十分ナ広サダシ、リビングベッドルームパーテンションデ仕切レルカラ、実際ヨリモ広ク感ジタ。狭イナガラバルコニーモアリ、ナカナカ快適ナホテルライフダ。部屋ヲ一瞥シタ由美サンノ第一声モ「意外ニ広イノネ」ダッタ。
 由美サンヲソファーニ案内スル。ジョーポットデオ湯ヲ沸カシ、丁寧ニ一保堂ノ茶葉デ御茶ヲ淹レテ、湯呑ミニ注グ。近所ノ茶道道具屋デ湯呑ミヲ買オウカト思ッタガ、シンプルナ生活ヲ信条トシ、物ハ極力増ヤサナイヨウニシテイルカラ断念シ、ホテル備エツケノ湯呑ミデ我慢シテ貰ッタ。ソファー前ノテーブルニ湯呑ミト近所ノオ気ニ入リノ和菓子屋デ買ッタ上用饅頭ヲ添エタ。姫モ好キダッタ和菓子屋ノ上用ダ。由美サンモキット気ニ入ッテクレルダロウ。ジョーハ由美サンノ隣ニ座ル。

 御茶ヲ啜り、小サナフォークデ上用饅頭ヲ一切レ口入レルト、早速由美サンはバックカラ想像シテイタヨリモ小振リノ手帳ヲ取リ出シ、ソレヲジョーノ目ノ前ニ置イタ。A5サイズデ表紙ニハ「THREE YEARS DIARY」トアル。同時ニ由美サンハ見覚エノアル万年筆モソノ横ニ置イタ。デルタ・ドルチェビーター。数年前、ジョーガ姫ニプレゼントシタモノダ。ソノ時点デ、デルタ社ハ廃業シテイタカラ、状態ノ良イ中古品ヲ手ニ入レ、姫ニ贈ッタノダ。黒ト鮮ヤカナオレンジ色トノコンストラスガ印象的ナ美シイイタリア製万年筆ダ。映画「クローズド・ノート」デ沢尻エリカ演ジル主人公ガ愛用スル万年筆デモアリ、コノ映画ガ契機ニナリ、人気ニ拍車ガ掛カッタ。
 ジョープレゼントシタ時、姫ハ凄ク喜ンデクレタケレド、愛用シテクレテイルトハ思ワナカッタ。涙ガ出ルクライ嬉シイ。実際、涙ガ止マラナイ、モウ泣カナイツモリダッタノニ。頬ヲ伝ッタジョーノ涙ハ上用ノ上にポタポタ落チタ。由美サンハ何モ言ワズジョーヲ見ツメテイル。
 困ッタノハドルチェビータヲ見テ、姫ガ愛用シテイタノヲ知リ、ジョーノ決心ガスッカリ緩ンダ事ダ。ジョーハ由美サンカラ日記ノ存在ヲ知ッテカラ一貫シテ読マナツモリデイタ。今日ハソレヲ由美サンニキッパリト伝エルツモリダッタノニ。デモ、ドルチェビーターデ書イタ姫ノブルーブラックブルーブラックインクボトルモ同時ニ贈ッテイタ)ノ文字ヲ確認シナイ訳ニハイカナカッタ。

【三年日記ニ幸セハナカッタ】
 ページヲ捲ル自分ノ手ガ震エテイル自覚ガアッタ。
 三年日記ハ日付ハ自分デ書キ込ム様ニナッテイテ、同月同日ガ三段ニ別レ三年分ガ比較デキル様ニナッテイル。姫ハコノ日記ヲ二年前カラ始メテイテ、三百六十五日分ノ日付ヲ自ラ記入シテイタガ、空白ノ日モアリ、一年目ダケ、二年目ダケ書キ込ンデイル日モ少ナクナイ。三年目ハ全テ空白ダ。A5サイズヲ三段ニ分テイルカラ分量ハ多クナイガ、ダカラコソ姫ガ大切ニシテイタ人ガ誰ナノカヨク分カッタ。一番頻出スルノハ或意味当然ダケド、旦那ノアントニオダ。彼女ノ方ハ旦那ヲ裏切ッテイタガ、夫婦仲ハ良イト思エル。昨年十二月ハ連日記述ガアリ、十八日ノ決勝戦モ現地で二人揃ッテ観戦シテイル。

十二月×日
 スペインが日本に負けた時は、夫婦の危機だったけど(笑)アルゼンチンの勝利でアントニオの機嫌が直って良かった。これでクリスマスは安心して日本へ帰れる。クリスマスをアントニオと日本で過ごすのは初めて。ママも喜んでくれている。楽しみ!
 
 コレハ姫ノ性格ニ依ルンダロウケレド、深刻ナ記述ハホボ無イ。由美サンガ「日記ヲ読ンデモ何モ分カラナカッタ」ト言ッテイタガ、ソノ通リダッタ。
 但シ、姫ノ心ヲ占メテイタノハH氏デアルノハ明ラカダ。姫ハ関係ノアルオトウサマニツイテジョーニ隠ス事ナク話シタガ、H氏ニツイテハ聞イタ事ガナカッタ。明ラカニ名前ノ登場回数ハジョーヨリモ多カッタシ、記述ハ長カッタ。他ノオトウサマ、例エバ、誰デモ?知ル著名ナ実業家ノ記述ハアッサリシタモノデ、登場回数ハ多カッタガ、短イ記述バカリダッタ。タダシ、ヤッテル事ハ相当エグイカラ長ク書ケナイトイウ事情ガアッタノカモシレナイ。 
 ヤッパリジョート過ゴシタ日付ヲ探ス。

五月×日
 沖縄から帰ってきた翌日沖縄にまた飛んだ(笑)。同じハレクラニでもジョーの取ってくれた方が広かったし、いい部屋だったけれど、天気は今回の方が良くて、部屋からの眺めは最高だった。来年はHサンにスイートをおねだりしちゃおうかな。ムフフ。

  コウイウ記述ハジョーヲ呼吸困難ニスル。目ノ前ニ由美サンガ居ルノニ、「『ムフフ』ジャネェーヨ!」トワザト軽イ冗談ヲ言ウ様ニ声ヲ出シタ。ダッテソウデモシナケレバ、窒息死シソウダッタカラ。ジョーノ気持チヲ察シテ由美サンガ手ヲ握ッテクレタノデ、辛ウジテ他ノページヲ捲ル事ガ出来タ。

七月×日
 今日のニセコはとにかく暑い日で、頂上でも日差しが強くて用意した水は往路で半分以上飲んでしまった。下りの方が楽という事はないけれど、時間は短くなるのに、同じ位時間をかけて何とか下山。麓では救急車が数台待機してた。動けなくなった登山者が数人おり、これから救助隊が現場に向かうそう。ジョーも相当ばてているのに私の前ではええカッコしいで無理してるのがちょっと笑える(笑)。羊蹄山に登るのは初めてって言っていたけど、事前に下見しているのがミエミエで、「この間来たときはあったんだけどなあ」とか言っちゃて隠しきれてないのがイトオカシ(笑)。でも山登りに付き合ってくれる人は少ないからジョーは貴重な存在。今度、大好きだよって言ってあげようかな(笑)

十一月×日 Hさんは「福井の蟹はめちゃくちゃ美味しいよ」と言っていたからジョーちゃんに連れて来てもらった(笑)。Hさんの言う通りで生涯最高の美味しさ。そのことをHさんにLINEしたら「お主も悪るよのぉ」と返信が来た(笑)。ドバイに発つ前Hさんと東京の支店に連れて行って貰えることになった。またこの蟹を味わえるなんてラッキー!
 明日ジョーは永平寺に宿泊修行体験に行くらしい。「煩悩を払う」とか言ってるけど絶対無理なのは分かってるくせに。まあ私もだけどね(笑)

【最初カラ分カッテイタガ要スルニジョーノ片想イナノダ】
 短時間デ終ワラセヨウトシタケレド、無理ダッタ。同ジ箇所ヲ何度モ繰リ返シ読ンダ。ソノ度ニ胸ガ張リ裂ケソウダッタシ、身ガ引キチガレル様ナ苦シミヲ味ッタノニ、読マズニハイラレナカッタ。姫ノ書ク文字ニ苦悶ヲ読ミトル事ハ出来ナカッタカラ、姫ガ何故コノ様ナ選択ヲシタカ全ク分カラナイ。ソノ事ガ余計ニジョーヲ苦シメタシ、由美サンモ同ジ気持チダロウ。
ジョーガ日記ヲ閉ジタ時ズット黙ッテイタ由美サンガ口ヲ開イタ。
「娘ハ冗談ノ様ニ『ママ、私ニ何カアッタラ、日本語デ書イタ日記ヲ回収シテネ。ナナママノ子ダカラ何ガ書イテアルカ分カルデショ?』ト言ッテイタノ。ダカラ知ラセヲ受ケテスペインニ飛ンダ時、一番ニコレヲ探シタノヨ」ト言ウ。ソシテ苦笑イヲ浮カベナガラ「ソレニシテモ、コレハチョットヤリ過ギヨネ、我ガ娘ナガラ」イヤイヤ由美サン、貴女モ負ケテマセンヨ。
ジョーサンガドウ思ッタカ分カラナイケド、アノ娘ハジョーサンガ好キダッタノヨ。私ニハソレガヨク分カル」
 由美サン、ソウ仰シャイマスケド、僕ハソウ思エマセン。少ナクトモ僕ニハコノ日記カラナナノHサンヘノ想イシカ読ミ取レマセンデシタ。彼ガ妻帯者デナカッタラ、恐ラク僕ハ最速デ振ラレテイタデショウ。由美サンハゴ存ジナイト思イマスケド、ナナガ結婚シタ時僕ニ「コレデジョート対等ニナレタ」ト言ッタンデス。コノ日記ヲ読ンデコノ言葉ハHサンニ向ケテノ言葉デアッタ事ガヨク分カリマシタ。僕 ハナナノ事ヲ忘レマセン。デモ彼女ヘノ想イハ断チ切ベキダ。ダカラ、由美サン、コノドルチェビータハ受ケ取レマセン。ソモソモ、自分ガプレゼントシタ物ヲ貰ウッテオカシイデショウ?
 デモヤッパリナナトノ思イ出ハ僕ニトッテハ宝物デス。コノ日記ヲ読ンデ改メテソウ思イマシタ。ダカラコノ日記ヲ読ンダ事ハ後悔シテイマセン。アリガトウゴザイマシタ。

 一気ニ捲シ立テタ。由美サンニ反論ノ余地ヲ与エナイ様ニ。由美サンモ簡単ニハ引カナカッタガ、珍シク?ジョーガ頑ナニ受ケ取リヲ拒否シタノデ、根負ケシテジョーノ気持チヲ尊重シテクレタ。
 帰リ際、二人デ会ウ時ハイツモソウスル様ニ、ハグヲシタ。由美サンカラハ姫ノ匂イガスル。姫ハ間違イナクコノ女性ノDNAヲ引キ継イデイル。マルデ姫ガ蘇ッタ様ダ。ソウ思ウトハグヲシタ手ガ解ケナイシ同時ニ再ビ涙ガ溢レ出ス。
 ヤッパリオサム君ガ勧メル心療内科ヲ受診シタ方ガイイ様ダ。由美サンガ帰ッタ後、オサム君ニ電話シテ、病院ノ予約ヲ取ッテ貰ッタ。

【追記】
引っ張っていますが、次回が最終話です。
「ナナ姫ノ事2」で親族を亡くした二人の男性会員からメッセージを頂きましした。
改めて思うのは、ナナとの関係は所詮不倫なので、僕がこうして嘆き悲しんでいるのは、単なる喜劇に過ぎないのではないかという事です。不快に思われる方も少なくないかもしれませんがどうぞ次回までお付き合いください。

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