宇宙倶楽部で『黒の舟唄』 爆乳娘エリコの場合

【亡き父の風呂場での鼻歌】
  風呂場から父のくぐもった鼻歌が聞こえてくる。
♪男と女の間には深くて暗い河ある、誰も渡れぬ河なれど、エンヤコラ今夜も舟を出す          

 物心ついたばかりだったから歌詞の意味は全くわからなかったけれどジョーはこの歌を聴くのが好きだった。なぜってこの歌が出る時の父は機嫌がいいと思っていたからだ。でも今にしてわかる事がある。あの時の父は機嫌がいいのではなくて、母との関係や愛人との関係に思い悩んでいたのだ。嗚呼、お父さん、僕はあなたのようなエリートではないけれど、やっぱり僕はあなたの血を分けた息子ですよ。

 匿名掲示板を読んでいると男女の関係性というか距離感に関する質問が出ることがある。一般的には言えば男性の方は距離を縮めたがり、女性の方は距離を取ろうとする傾向があるだろう。具体的にはプライベートにどれくらい立ち入るかという問題でもある。ジョーの場合は、どうせ隠し通せないから、ほとんどのことは躊躇なく話す。でも話さないことの方がよいことも少なくないと最近では思い直し、昔に比べれば少し慎重になった。一方女性のプライバシーについてはなるべく詮索しないようにしているつもりだ。ただし、何もかも秘密にされると付き合いを続ける気がなくなるのもまた事実だ。その辺りの距離感は関係性にもよるし、相手のパーソナリティにも関わるから難しいところだ。そこで今回のコラムでは男女間に流れるという深くて暗い河を巡るエピソードを綴っていきたい。

【深くて暗い河、エロ嬢改めエリコの場合】
 エリコが爆乳ムスメ(という年齢でもなかったけけれど)であるのは遠目からでもわかった。少しでも屈めば パンツが見えそうな黒のタイトミニを履き、クリーム色のブラースに薄手のカーディガンを羽織っている。待ち合わせ場所は駅併設のホテルロビーで一応高級ホテルの部類であるからエリコのイデタチはその場所のシックで落ち着いた雰囲気からは完全に浮いていた。宿泊客と思しき男女数組がチェックインを待っていたが、男性は 好奇の、女性は蔑んだ視線をエリコに向けている。ジョーも自分でオファーしておいてなんだけれど、できればあの娘でなければいいなと思う。しかし願いも虚しく、エリコは辺りを見渡しながらバックから携帯を取り出し、右耳に当てる。と同時にジョーの携帯が振動を始めた。観念して(?)ジョーはエリコに向かって手を上げ、彼女の方もジョーを認めて近き、二人は型通りの挨拶を交わした。近くで見てもエリコの印象は変わらない。手首にはカルチェの時計、首元はジャラジャラしている(苦笑)。そしてお決まりの派手なネイル。年齢を考えるとスカートは短すぎるし、太っているとまでは言えないけど、肉感的な体型だから短すぎるスカート丈は下品な印象を与えた。しかもサイトでの写真の印象とはかなり異なり、好みの分かれる個性的な顔立ちだった。少なくともジョー好みの美人とは言い難い。と同時にエリコほどフェロモンが溢れ出た女性をジョーは知らなかったし、今でも知らない。

 当時のジョーは初オファーでベットインすることはほぼなかった。エリコともそのつもりだったから、ドーピ ングをしていなかったがエリコの方が許してくれない。食事のかなり早い段階で、お手当の話になった。ジョーとしては(もし次回、そういうことになったら)というつもりで条件を出したが、食事が終わるのを待っていたかのようにエリコはジョーの用意した部屋に行こうとせがんだ。
 部屋に入った時の第一声をジョーは良く覚えている。
「エリコさん、僕は機能的に優れているとは言えないんだよ。もし機能しなくても気にしないで」
エリコはジョーの言葉を聞いてなんだそんなこと、というような表情を浮かべながら一言。
「大丈夫やわ、私に任せてな」

 エリコの言葉に嘘はなかった。スカートとブラウスを意味深に脱ぎ去ると上下黒のレースの下着があらわになる。当然?パンティーは T バックで大切な部分が透けている。もちろんパイパン。まだ歯を磨いていいないのに 全力のデープキス。ジョーを促し、浴室に誘い一緒にシャワーを浴びる。ボディーソープを泡立たせ、口や手、そしてその豊満な胸だけでなく、あらゆる部位と技を繰り広げながら普段は反応の鈍いジョー自身を奮い立たせた。おそらくそういう仕事の経験もあるのだろう、プロのやり口だ。そしてベットに移動して受け身になった時の反応も悪くないというよりも素晴らしいものだった。もしあれが全て演技だとしたらジョーはなにを信じて良いかわからない。だってその姿態、奇声や腰使いだけならともかくエリコの秘部からは大量の液体が文字通り吹き出していたからだ。性技に全く自信のないジョーであっても「もしかして俺ってテクニシャン?」と勘違いさせてくれた。コトが終わった時も「ジョーさんに何回イカされたかわからへんわ」と付け加えるのを忘れない。その姿態は天性のものなのだろう。

 しかしエリコとのセックスは確かにエロかったけれど、そして色んな意味で搾り取られたけれど、ジョーを心から満足させるものではなかった。何より慌ただしかったし、潤いというものに欠けていた。その言動から割り切り感を強く感じたこともマイナスポイントだった。だからその後、今に至るまで3年付き合いが続くとはその時点ではとても思えなかった。

 【ゆっくりと距離は縮まっていった】
 単身、ジョーが京都に住み始め、京都に住んでいる(らしい)エリコとの物理的な距離が縮まっても二人の関係性が一気に縮まったわけではない。ジョーには半同棲している若い女性がいたから(苦笑)、頻繁に会えるわけではなかったしエリコの方もプライベートは謎のままで二人の付き合い方は一線を画していた。苗字も知らなかった(知りたいとも思わなかった)。男の影はあったけれど特定の彼氏はいないようだ。その辺りをあれこれ詮索しない方がお互い都合がいいと思っていたし、実際都合が良かった。基本ジョーから連絡を取ることはなく、忘れた頃にエリコから LINE がきて、ご飯を食べ、慌ただしいけれど激しいセックスをした。順番は逆のこともあったけれど。

 それでも少しずつ会う間隔が短くなっていった。一つはジョーが半同棲を解消したことも大きかった。そして食事の趣味が合うこともわかってきた。エリコは好き嫌いがなく、お酒も楽しめるし、お店のチョイスに気を使う必要はないのも助かった。交際倶楽部を通じての付き合いの場合、何よりもお手当の多寡がポイントであることは間違いないけれど、食事の好みが合い、楽しむことができるのも大切な要素ではないかとジョーは思う。それはセックスの相性にも通じると思うがどうだろう?

  ジョーが半同棲を解消した辺りから会う回数が、正確に言えば食事を共にする機会がグッと増えた。朝 LINE が来て「時間が空いたけど、今日ランチできへん?」と誘われることもあった。お気に入りのお店も増えていき「今日はどこにしよう?」と相談したり、新規開拓する楽しみもできた。カウンターに座れば店主を交えて話に花が咲くこともあり、そういった時間がお互いを知る機会にもなった。時間が合えば食後の運動をすることもあったが(相変わらず慌ただしいことが多かったけれど)食事のみで解散することも少なくなかった。こうして本当に少しず つ二人の距離は縮まっていったのだった。それでもプライベートは謎のままで、東山が西に見える場所に住み、その周辺で数店舗お店を展開していること以外はエリコについて知らないことの方が多かった。

【偶然が重なり、そして…】
 エリコの逢瀬が週単位になると、京都市内でばったり会うことが続いた。錦市場ですれ違ったこともあったし、大丸の食品売り場でお弁当を物色するエリカに出くわしたこともあった。四條畷通り沿いのランチに親子丼を食べさせる店で会ったことも。いずれの場合もエリコは女友達と一緒でジョーと会う時とはその雰囲気が全く異なっていた。お召し物は年相応に地味で、フェロモンは封印されていた。友達と一緒だったからそんな時は短く会話を交わしただけだったけれど、その後「めっちゃびっくりしたけど会えて嬉しかったわ!ちゃんと話せなくてごめんな」という LINE がくる。これを喜んでいいのか悪いのか迷うけれど、ジョーとの逢瀬はエリコにとって 日常とは異なる時間なのだろう。エリコの別の一面を見た気がした。
 それでもお互い京都に住みウロチョロしていればこれくらいの割合で偶然会うこともあるかもしれない。

 しかし天王寺のあべのハルカス美術館で会ったのは運命とはまでは言えなくても偶然では片付けれないとも思う。これを契機としてエリコとの付き合い方が大きく変わったからだ。
 
 その時あべのハルカス美術館では「楳図かずお大美術展」を開催していた。特別なファンというわけでないけれど、人から勧められて「わたしは真吾」を読み(傑作だ!まことちゃんより好き)その原画が展示されているというので、一人で行ってみた。展示形態が普通とは違っていてなかなか個性的な展覧会だった。楳図かずお本人がプロデュースに関わっているという。そしてお目当ての「わたしは真吾」の原画を展示しているコーナーへと歩みを進める。すると原画を熱心に鑑賞する女性の後ろ姿が目に入る。黒のタイトなワンピースで、スカートはミニ。ハイヒールがその豊満だけれど、重力に負けていないヒップを目立たせていた。後ろ姿だけならどう見てもエリコだ。でもそんなはずはないとも思う。エリコは読書家だし、知的好奇心も旺盛な女性だが、展覧会に誘ってもいつも断られていたからだ。ジョーの知るエリコは美術にあまり興味がないようだった。だからいきなり声は掛けずに少し離れてその女性の横に立った。人違いだった時怪しまれないようにゆっくりとその横顔を伺う。まずはチラリと視線を送った。そして正面に向き直したあと、二度目はそっと、しかし少し長めに横顔を伺う。やっぱりエリコだった。再び正面を向いたジョーはなんと声をかけようかと思案する。声をかけた時の彼女の反応を想像すると自然と顔がニヤけているのが自分でもわかった。

 声をかけるべくエリコに近づこうとしている時、それは起こった。一人の男性が何やらエリコに話しかけている。小柄だけれど、上品にスーツを着こなしたなかなかスタイリッシュな男性だ。エリコと同年代か少し下に見える。親密に話す様子は特別の関係性を示していたが、年齢からしてもオトウサマには見えないから彼氏なのだろう。内容までは聞こえなかったが、何やら原画について話し合っているようだ。エリコは男性の言葉にいちいち頷いていた。そしてジョーの視線に気がつき、エリコがジョーの方を振り向く。すごく驚いた様子で、手で自分の口を塞いでいる。そのおかげでエリコは声を上げ図に済んだ。ジョーもすぐにその場を立ち去り、次の展示会 場へと急ぐ。「わたしは真吾」の原画が一番の目的だったから少し残念だったけれど、これ以上エリコを驚かさ ないためにも会場から立ち去るしかない。天王寺駅から環状線で大阪駅に出て、新快速に乗って京都駅へ向かったのだった。

【エリコの告白】
 その夜 珍しくエリコから電話がかかってきた。
「ジョーさん、今日はホンマにびっくりしたわ」 それはこっちのセリフでもあったが、あえて話題を変えた。

 「いや、君とは偶然出くわす確率が高いけど、まさか美術館で会うとは。楳図かずお好き?」

「めっちゃファンやねん。うちのコレクションすごいでえ。『わたしは真吾』の原画、良かったよなあ?」

いや、鑑賞しないうちに立ち去ったからよく見てへんねん。でもジョーの返答は異なる。                      

 「確かに迫力あったね。漫画の原画を初めてまじかで見たよ。そうそう一緒にいたの、彼氏なの?」
 「彼氏違うねん。旦那やんか」    

 今度はジョーがホンマびっくりしたわと言う番だ。少なくともジョーと会っている時はエリコは家庭を持っている気配を一切見せなかった。ショックではなかったけど、ただただびっくりした。
 「びっくりしたなぁ〜もう!」と言ってももちろんエリコには通じない。昭和は遠くなりにけりですな。
 「エリコさん、結婚してたの?」
「言ってへんかった?」
 もちろん言ってへんわ。
「人妻って方が燃えそうだけどね」
「キャハハー、さすが変態の、ジョーさんやねえ。ポジティブやね」
 こういうのをポジティブというのだろうか。      

【告白は続き、そして偶然も続く】
 今回のことがきっかけになってベルリンの壁は崩壊した。エリコの告白が続く。旦那とは結婚当初から別居婚をしていること、子供は作らないつもりであること、東山が西に見える場所を中心に店舗展開をしていたが、最近 2 店舗閉めたこと、若いハンサムな美大生の彼氏がいること(画像を見せてもらった。伊勢谷祐介クリソツ)、 美術館の誘いを断ってきたのは、彼と出会う可能性が理由であること、などなど。いくら壁が崩壊したからって何でもかんでも告白すればいいってもんじゃないし、ジョーが知りたくないこともたくさんあった。  
「内緒にしてても結局ジョーさんにはバレはるからそれなら全部いうた方が楽や思うて」

  エリコといるとおかしなことが続くようになった。例えばランチの相談をしていて「いつものお気に入りの京懐石か新規開拓でその店近くの寿司屋のどちらか」ということになった。しかし二人の都合が良い日は寿司屋が定休日だったのでいつもの京懐石にしたのだが、カウンター席に着くと隣に座ったのは予約しようとした寿司屋の大将だった。
 エリコが大袈裟に歓声を上げる。「めっちゃ行きたかったお寿司屋さんなんですよ」とエリコ。この辺りのコミュニュケーションの取り方がエリコは凄くうまい。相手が喜ぶツボを知ってるのだ。デレデレになった大将に無理を言ってその場で予約し、二人で週末に訪れた。もちろんとっても美味しいお店だったし、大将も気さくでめちゃくちゃ盛り上がった。その後エリコは大将とゴルフに行ったそうだ(他のお客さんを交えて)。この程度の偶然なら二人の間では普通に起こるようになった。ただこういう偶然がこれから付き合っていく上でいい影響ばかりでない予感がジョーはする。かといってもうベルリンの壁があった頃には戻れない。男女関係は本当に簡単ではないと痛感するジョーであった。今夜は風呂場で黒の舟唄を歌おう。

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