恋愛ワクチン 第七十五話 希望

 

SMの闇って深い。

あるM男君は自分の片目をえぐって、その眼球をS女さんに差し出してプロポーズしたそうだ。

そしてS女さんはその愛を受け入れて結婚した。

実話である。

眼球はホルマリン漬けにして二人の愛の証として大切に保存されているそうだ。


さて、目の前にいる由衣ちゃんはSでもMでもない。

普通のパパ活女子大生だ。

しかし由衣ちゃんにその話をしたときの反応が興味深かった。


由衣ちゃん「眼球って売れるんですか?臓器売買とかあるじゃないですか。売ったらいくらになるんだろう?」

マックさん「角膜移植はあるけど、あれはアイバンクがボランティアでやってるはずだから、腎臓みたいに売買対象にはならないんじゃないかなあ?」

由衣ちゃん「ふーん、それなら私、眼球はいらない」

マックさん「そう来るか(笑)。普通は『えーっそんな眼球えぐってプロポーズなんて気持ち悪い。全然理解できない!』って反応になるんだけど」

由衣ちゃん「気持ちは嬉しいですよ。男性が私をそれだけ思ってくれるってことですもんね。だけど、お金にならないなら眼球はいらないなあ。だから、私だったら『あら嬉しい、ありがとう』ってにっこり笑って、だけど、眼球はその場でゴミ箱に捨てちゃいます」

マックさん「なんか斬新な発想だね」


由衣ちゃんはセックスの経験数が少ない。

目下開発中だ。

しかし、この娘、ひょっとしたらとんでもないSの資質持ってるんじゃないだろうか?

その時はそう思った。


別のデートの際に、ある芸能人の性癖がSで、指一本折ると100万円貰えるらしいって話もしてみた。

なんでこんなネタをマックさんが持っているかというと、SMバーにハマっていたからだ。

誤解を招くといけないので強調しておくが、マックさん自身にはSMの性癖は無い。

女の子を裸にして連れまわしたり写真や動画を撮ったりという、露出・羞恥系のプレイは好きだが、痛いことはするのもされるのも嫌いだ。

マックさんがこんな性癖になったのは、たぶん小学生の頃に読んだ永井豪のハレンチ学園の影響だと思う。

まあそれは措いておいて、SMバーというのは、SM好きの変態さんたちが集まって酒を飲んで談笑するところなのだが、その話の内容が刺激的で面白い。

SMが好きでなくても、けっこう楽しめる。

そこで仕入れてきた話の一つが、100万円で指の骨を一本折るってのである。

ちなみに某芸能人の性癖として、けっこう有名な話らしい。

由衣ちゃんにこの話をしたら、しばらく黙って考え込んでいる様子だった。
 


マックさん「あ、いや、僕が由衣ちゃんの指を折りたいとか、そういう話じゃないから引かないでね。すごいなあと思って、誰かに教えたかっただけだから」

由衣ちゃん「そうじゃなくて、生活に支障出ないためには、何本まで折れるのかなあ、って考えてたんです」

マックさん「え?由衣ちゃん、100万円貰えるなら指の骨折ってもいいの?」

由衣ちゃん「全然いいですよ。昔バレーボールやってて折ったことあるから、どのくらいの痛みかとか腫れとかは分かってるし、あとは何本まで折れるかって、私にとってはそういう問題ですよ」

笑いながら答えた。
 


由衣ちゃん、Mの素質もあるんだろうか?

そんなある日、マックさんが交際していた別の女の子が、嘘をついていたことが、ひょんなことから発覚した。

母子家庭で貧しく、母親が病気で働けず、自分の収入で弟や妹を養っていると聞いていたのだが、それは実は嘘で、両親揃った裕福な家庭の娘であった。

由衣ちゃん、その話を聞いて、いつになく悔しそうに怒った。

詳細は書かないが、由衣ちゃん自身が、いろいろ厳しい環境で育っていたからだった。


由衣ちゃん「私、自分が頑張ってずっとそういうのと戦ってきたから、それをパパ活の設定として使う女の子って、本当に許せないんですよ」

由衣ちゃんは出会って最初の頃、決して自分の不幸な境遇をマックさんに語りはしなかった。

ぽつりぽつりと、少しずつ教えてくれたのは、そうだなあ、5回か10回デートを重ねてからだろうか?

ユニバのアルバムのプロフィールにも、そんな不幸話はまったく書かれていない。

由衣ちゃんによると、そういう不幸話は相手を選ばないと、かえって引かれてしまうからだそうだ。
 


マックさん「じゃあ、プロフィールに書かれている、家が貧乏で苦労していますとか、時には親に虐待されていましたなんてのもあるけど、ああいう不幸話って、嘘あるいは、かなり盛られてるってこと?」

由衣ちゃん「そうとも言えないです。そういう不幸話って、思いっきり誰かに言いたくなる時期があるんですよ。『なんで私ばかりこんな目に合うの?!』って叫びたくなる。だから、そういう時期なのかもしれない。」

マックさん「なるほど」

由衣ちゃん「私は、幼いころからずっとそうだったから、周りの助けてくれそうな大人たちに沢山言いまくったんです。だからそういう『言いたい』欲求は満たしてるし、その過程で、相手は選ばなくちゃいけないってことも学習したからプロフィールには書いていません」

そういうことなんだね。

由衣ちゃんはSでもMでもなく、マックさんが刺激的だと感じた肉体的な痛みなんてどうでもよくて、単純にそれがお金に変わるならどんなにいいだろう、って思ってたってことか。


実はマックさん、眼球といい指の骨といい、お金に換算しようとする由衣ちゃんを、ちょっとカネカネし過ぎてる娘じゃないだろうかと疑っていた。

許せ、由衣ちゃん。

マックさんが浅はかでした。


由衣ちゃんとはときどきイオンにお買い物デートに行く。

由衣ちゃん的には、こういった食品や日用品をいっしょに買い出しに行くデートって、とっても楽しいらしい。

ブランド物のお買い物デートよりも心が暖まる。

もちろんマックさんも楽しい。

マックさんの場合は、家庭をしくじっているからだが、なんだか二人で過去を書き換えている気分になる。

人生のやり直し。

男性会員たちのよくあるぼやきの一つが「女の子がカネカネし過ぎている」っていうのは承知しているし、実際先に挙げたようにお金のために嘘をつく女性もいる。

しかし、由衣ちゃんみたいに、ずっとずっとずーっと頑張って生き延びてきた娘が、お金のことを第一に考えて、何が悪いというのだろう?

「カネカネしてそう」なんて、一瞬でも思った自分の浅はかさに恥じ入るばかりである。

マックさんはイオンのお買い物デートに行く途中で、由衣ちゃんに、どうしてそんなに大変だったのに、そんなに素敵な笑顔でいられるの?その強さはどこから来るんだろう?と聞いたことがある。
 


由衣ちゃん「自分の未来を信じているからですよ」

そう答えて、またあの笑顔を見せた。

未来を信じることかあ。

希望とも言うなあ。

還暦を過ぎてお爺さんになりかけている人間には、残り時間を考えると、少々荷の重い言葉ではあるが、二十歳そこそこの若い娘と一緒に夢を見るのは決して悪くない。

「希望」のかけらをほんの少しだけ分けてもらおう。

それにしても若いっていいなあ。

何よりの財産です。
 

 

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