赤い屋根の一軒屋(「恋心売ります」第四話)

先回、パパ活とガチ恋のハイブリッドの女性(茜ちゃん)の話を書いた。
好きパパがいて、
①自分がそのパパと会いたくなってデートするときは、お手当て無いで良い(ガチ恋)、
②パパから会いたいと言ってきたときはお手当てが欲しい(パパ活)、
③そのパパよりお手当てが上回る別パパと予定が重なったときは、別パパを優先する(パパ活)、という女性だ。
この話を遙ちゃんという子に聞かせて、似たような面白い話無い?と尋ねたら、少し考えてから、
遙ちゃん「私の話なんだけど、大学時代に付き合っていた元彼からときどき連絡が来るの」
私「ほうほう?」
遙ちゃん「連絡と言ってもラインでなんだけど、その都度何千円かのギフトくれるんです」
私「気があるんじゃないの?復縁希望とか?」
遙ちゃん「いえ、元彼もう結婚してて、子供もいるんです」
私「あー、それって不倫狙いだと思うよ。駄目だよそういうの」
遙ちゃん「もちろん私もそんな気無いですよ。ただね、今こういうこと(パパ活)してるでしょ。パパとしてだったら有りかなとちょっと思って」
はあ、なるほど。
元彼(ガチ恋)→パパ活って流れかあ。確かにハイブリットに似てるかも。
「移行」だからトランスミッションかな?
次に美野ちゃんという別の子に、茜ちゃんと遥ちゃんの話をしてみた。
美野ちゃん「なるほどー。色恋にお金が普通に絡んでるところが面白いですね」
私「美野ちゃんはどう?面白いネタ持ってない?」
美野ちゃん「うーん、私は女子校育ちで、大学時代彼氏はいたけど、グループ交際的な感じで、結局手をつないだくらいで別れちゃったし、就職してからも出会いもなく、男の人にときめいたって感覚まだ経験して無いからなあ。初めてのHも○さん(私のこと)とだったし」
私「僕も似たようなものだよ。中高一貫の男子校だったから。茜ちゃんや遥ちゃんの話聞いて思ったのは、女性が20才超えたくらいからの恋愛っていうのは、結婚っていうものを想定するから、お金が介在するパパ活と、本質的なところで似てるんじゃないかってこと。利害や損得考えるでしょ?だからハイブリッドやらトランジションやらが出て来るんじゃないかなあ。本当に純粋に恋愛って言えるのは、思春期、中高生の頃の、将来のこともお金のことも何も考えずに湧き上がる異性への想いであって、僕たち時期を逸しちゃったのかもね」
美野ちゃん「それもあるけど、○さんくらいの年代になってからの恋愛もそうなんじゃないですか?」
私「どういうこと?」
美野ちゃん「○さん、20年以上になる週末婚の彼女さんがいるじゃないですか」
私がパパ活始めたのは、6~7年前からで、それ以前から付き合っている女性がいる。私もまだ若く、かといって風俗というのも抵抗があり、当時まだ30代だったその未婚の女性を、後先考えず、その場の勢いで口説き落として交際が始まったのだった。
美野ちゃんはその週末婚の彼女のことを言っているのだ。
確かに。
今の私と彼女との関係には、お金や結婚といった、20代からの若い人が考えがちな利害関係はない。
「恋心売ります」調に彼女のことを書くとどんな感じになるだろうか?ちょっとやってみよう。
オルチャード村から少し離れたところ、街道が森を超えて山道に差し掛かる辺りに、赤い屋根の小さな家があります。
村々からは離れたその家では、少し年を取った一人の女性が暮らしていました。森や山で薬草を取ったり、香草でお茶を作ったりして、生活の糧にしています。
彼女はもう長いこと一人です。しかし彼女には不思議な特技がありました。お人形さんやぬいぐるみと会話が出来るのです。
他の人がいると、お人形さんやぬいぐるみはしゃべりません。彼女が一人の時に、彼女とだけ会話するのです。だから本当なのかは確認が出来ないですね。彼女は誰にもそのことは言いません。信じて貰えないから。
「くまさん、あの人は次はいつ来るのかしら?また美味しいお菓子とお花を持ってきてくれると思う?」
くまのぬいぐるみが答えます。
「もちろんまた満月の頃だよ。分かってるでしょ?あ、確認したいだけか。これは野暮でした。もちろんいつものように、とても美味しいお菓子ととても綺麗な花束を持って来てくれるよ。もう20年以上前からずっとそうじゃないですか」
女性は答えます。
「そうね。きっといつもと同じように笑顔でいらっしゃるわね。この生活がいつまでも続くといいなあ」
女性の最後の言葉には意味がありました。彼女は病気なのです。20年前は若く、とても元気だったのに。
「あの人」とはある旅人のことです。どこから来てどこに行くのかを彼女は知りません。彼女は尋ねないし、旅人もまた語ろうとしないからです。ただこの20年以上の間、旅人は満月の頃になると彼女の家にやってきて、一夜を一緒に過ごすのでした。
昔は愛し合ったものでした。彼女には家族がいなかったので、自分はこの旅人と家族になるのかしらと思ったこともありました。
しかし旅人は何も言い出すことも無く月日は流れ、今はただ彼女の作った香草のお茶を一緒に飲んで過ごすだけ、そんな関係になりました。
旅人がこの先のオルチャード村で、若い妖精たちと、恋心の香りのする果物と生気とを交換している、そのことを彼女は知りません。
もし誰かが彼女にそのことを教えようとしても、彼女は耳を塞ぐでしょう。
彼女を育ててくれた、盲目のおばあちゃんがいつも言っていました。
「世の中にはね、見えない方が良いものが多いの。知らない方が幸せなことが多い。だからわたしは眼が見えなくても幸せなのよ。あなたがそばにいて、あなたの柔らかいほっぺに触ることが出来るから、もうそれだけで十分に私は幸せ」
だから彼女はお人形さんやぬいぐるみとだけ、お話しをするようになったのかもしれません。お人形さんやぬいぐるみは、決して悪い話や悲しい話をしないから。
「それでね、くまさん。あの人は次の満月の日にも、また私の家に来てくれるのかしら?」
「もちろん来るに決まってるじゃない。きっと美味しいお菓子とお花を持って来てくれるよ」
「くまさんはどんなお菓子だと良いと思う?私はバニラの香りのするクッキーが好き」
「僕はそうだなあ、ナッツのたくさん入ったチョコレートかなあ」
そんな風に、彼女の毎日は過ぎていくのでした。
オルチャード村から少し離れた場所にある、小さな赤い屋根の家でのお話です。
恋愛。
思春期の激情が波打つようなそれでは無いけれども、美野ちゃんの言うように、私たちの関係は恋愛なのだろうか?
もしそうならば、私は恋愛をとても簡単な一言で定義することが出来る。
「恋愛とは、互いに離れがたくなることである」と。
私は酷い男で彼女が可哀想と考える人もいるかもしれない。しかし他人の評価などどうでもいい。
命が尽きるまで、旅人は彼女の家を訪れることだろう。








