2022年5月18日
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愛人生活2年間、プライスレスな思い出【ベスト5】

パパ活の直接的なメリットって、やっぱり「お金」だと思うのですが、それ以外にも良いことは沢山あります。
今回は「お金」以外の”プライスレス”ともいえる「最高の思い出たち」について書いてみます。

 

第1位 マンションを借りてもらった


「自分の女としての市場価値を知りたい」
私がパパ活をはじめた理由は、ずばりこちらです。その一つの到達点として「マンション契約」がありました。彼と知り合い、とんとん拍子で話が進み、叶った時はなんと嬉しかったことでしょう。
六本木のタワマン♡とまではいきませんでしたが、港区に東京タワーの良く見えるマンション(築浅)の最上階を、私の名義で借りてもらって。頭金などの初期費用、月々の賃料すべて彼持ち。今となっては、感謝しかありません。(以前書いたマンション契約の記事もぜひご覧ください)

当時は「ステータス」、今は「ネタ」として、私の中での愛人時代の思い出NO.1にランクイン!です。
 

第2位 全国に出張同行

メーカー企業の社長をしていた彼。支店(販売店)が全国各地にあり、何かにつけて私を伴ってあちらこちらへ飛んでいました。東北から南は九州各県まで、よく回っていました。
出張先では、私の立場は「秘書」または「会社の子」。社長である彼と一緒に、私も毎度オマケながら出張先でもてなされるといういいご身分。名の知れた有名店での接待ランチに、夜ならコース料理のあしらわれるクルージングディナー…。
普通にまじめに会社員だけしていたら、こんな経験、絶対にできません。平日は会社があったので、一緒に出張についていけるのは土日のみの弾丸スケジュールでしたが、20代半ば、有り余るエネルギーを遺憾なく使い切って日々を過ごしていたのは、今となっては私の女としての勲章です。
 

第3位 1年間ラジオ出演させてもらった

彼が代表を務める会社がラジオ番組のスポンサーとして、 何本か収録から携わっていました。お付き合いを始めた当初は「収録スタジオ、見においで」と招待され、見学していただけでした。
が、はじめは「この子、見習のディレクター」だったのが、スポンサー企業の職権乱用(?)で、社長の鶴の一声「この子もパーソナリティーさせてあげて」の発言にて、私も収録ブースに入り、プロのアナウンサーさん、ゲストさんと席を並べてマイクに向かって喋ることになったのです。

〇県と△県のFM局2つの隔週番組に、レギュラーで1年間出演させてもらいました。収録は週末、東銀座のスタジオにて。平日働いている身にはつらい午前中早くからの収録でしたが、タクシーでスタジオ入りして「おはよーございまーす」なんてなかなか体験できるものではないので、ありがたい。

 

第4位 芸能人の方の接待


北へ南へ、全国に出張に行くときには「もてなされる」側でしたが、ときには社長と共に「社長秘書」として取引先の方&お客様を接待することも。慣れない「おもてなし」に初めは不手際連発、接待のあとに彼から注意を受けることも度々でしたが、それもいい思い出です。

彼の人脈には芸能界の方もチラホラいらして、「週末、Aさんと食事するからついてきてね」と言われ耳を疑うこともしばしば。(え、あのAさん、だよね?)と緊張しながら服選びとメークを入念に仕上げ、浅草の「すきやき今半」国際通り本店のだだっ広いVIPルームで接待した時の記憶よ。
なんたって緊張したのです。これまでの人間関係では見たこともないほど「Aさん」を持ち上げていた彼が、最後には「金一封」を渡していた光景が脳裏にまざまざと蘇ります。
2年間、ほんとにいろんな世界を見ました…。これも愛人の特権。

 

第5位 新規出店のお店に、私の名前を付けてもらった

「特別な何か」になることって、女にとって(女じゃなくても♡)嬉しいもの。

愛人生活2年目に入る頃、彼が「ビルを買う!」「もう買った!」と言い出し(展開早かった。笑)、「路面の1フロアを飲食店にしたいんだよね」と話していて。行動力の塊のような彼は、あっという間に自分の知り合いをスタッフとして揃え、カジュアルなコーヒー喫茶としてフロアを改装。
懇意にしている業者さんだったこともあり、彼の意のまま物凄いスピードで開店準備が進められ、残るは「店名」。周りにも案を求めていた彼でしたが、最終的に「あなたの名前、使おうか」と
お店のプレオープンのお手伝いに訪れた日、[コーヒー喫茶 〇〇〇]と書かれた看板を見て、ふつふつと(こんな体験ができるとは)と高揚感にひとり浸っていたのは内緒です。

彼とはお別れしてしまったけれど、あのお店、今もあるのかしら。

 

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いかがでしたでしょうか?

私はパパさん多頭飼い(言い方が最低ですね)ではなく、専属で愛人をしていたので、社長をしていた彼と密度の濃い時間を過ごしていました。また当時の体験でネタになりそうなものがありましたら、書かせていただきます。

 

Writer: 
自分の「女」としての市場価値を知るべくパパ活・愛人活動を開始。20代半ばに2年間、愛人をしていました。当時の悲喜交々、また再現性の高いハウツーなどを共有できれば幸いです。

藤崎 みきの記事

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