砂利道は歩きにくい。音もたてるしヒールだと転ぶかもしれない。
砂利と同じ灰色の空を眺めながら、来る日も来る日も、義務と責任にうずもれている毎日。
ずっと同じだと思っていた。
空は晴れないと思っていた。
これが正当だと思っていた。
みんなそうだと思っていた。
歩きにくい、生きにくいと感じながら歩いていたある日。
空が急に晴れた。
砂利の少し向こう側に縁石が見え、その先に砂利はなかった。
Contents
縁石をまたいだ日
ふんわりとした、乳白色の背景で女性が微笑んでいる。
秘密厳守、紳士な会員様と知りあえる。
身元の確かな会 員様。
知らない世界が広がっていた。
心が躍った。
サイトに登録だけでもしてみようかな。
その瞬間、私は縁石をまたいでいた。
迷い
縁石をまたいだ先には、ふかふかの芝生がひろがっていた。
そっと靴を脱いでみた。
わけもなく火照った体に、ひんやりとした芝生は気持ちよすぎた。
連絡が来た。
これまで知らなかった世界、立場の男性とつながりあう
新鮮な感覚に体がうずいた。
新しい靴を買った。
私の火照った感じに気づいたのだろうか。
店員がこう言葉をかけてきた。
「なにか、特別なお出かけですか。」
ええ、とだけ答えその靴を買い外へ出た。
その日の陽ざしはまぶしすぎた。
お相手と会う前夜。新調した靴を玄関で眺め、
いいの?ほんとにいいの?と声がした。
この期に及んで何を迷うというのだろう。望んだのは自分。
不満?そんなものはどこにいても出てくるだろう。
現に、めまいがするほど退屈で窮屈で。
耐えられないと、ついさっきまで感じていたではないか。
なのにこの迷い感はなんだろう。
不満や窮屈の先に、陽がさしていたからこそ登録をしたのではないのか。
打ち寄せる波のような迷いの気持ちを
振り払うため、 ガラスドアを後ろ手にしめた。
ハードルを目の前にして
普段と変わらぬ朝がきた。ひと晩たつと、
もっと緊張が続くのかと思ったのに、
少し早く着いた。
バッグの持ち手を何度か握り直し、ふと顔をあげた瞬間。
「さまみさんですか。」と声がした。
柔らかな陽ざしをうけて立つその男性は、写真どうりの人だった。
スーツがよく似合う細身で、
その瞬間、もっとこの人を知りたいと思った。
私のこ とも知ってほしい。理解したい。わかりあいたい。
そして、好きになりたいと思った。
カフェへ移動した。向いあって座りまずは自己紹介。
彼はクリエイティブな仕事をしている。
その後、人を雇い入れ、現在にいたるということだ。
仕事柄、自由な時間はつくることができる。
彼女はいたが、独立当時の忙しさからすれちがいが起き別れてしまったとのこと。
仕事も軌道に乗り、気づいたら隣には誰もいない。
そんな状況に寂しさがつのり、
私の立場をお話しした。
日常の義務や責任から少し離れてみたいこと。
楽に息ができる場所が欲しいこと。
昨夜までとても迷いがあったこと、でも今お会いして、
ひととおり、話し終わる頃彼は私の足元を見てこう言った。
「春を感じます。可愛い靴ですね。」
「よくお似合いです。」
自分から言わなくても、気づいてくれる人がいた。
女にとって、身に着ける洋服も靴も私自身の一部だ。
たとえ、私をほめてくれなくても。靴をほめてくれる。
それは私自身に目を向け、ほめてくれたのと同じ。
彼の穏やかな視線には、不思議な力があると感じた。
すれ違うだけの存在だったであろう人に今こうして会っている。
しかも知りあい以上の関係で。
一度限りの関係じゃなく、この先も続くかもしれない
未来のある関係。
「出ましょうか。」ふいに彼が言った。
「そうですね。」と私は答えた。
私たちは、店を後にして大きな通りから細道へ入った。
ハードルを越えた日
並んで歩きながら、趣味、好きなこと嫌いなことの話をした。
ここまでの段階であれば、職場、知人などの人間関係でも築く関係だろう。
でも私たちは違う。それ以上の踏み込みが必要だ。
ひととおり話が終わると、彼はこう切り出した。
「何か条件がありますか。金額、頻度、してほし いこと、嫌なこと。」
「おまかせします。」と答えた。
「ただ。」
と言い淀んでいると、彼からこう返された。
「わかっています。あなたの立場を。
「ホントウにいいんですか。」と私。
「大丈夫。僕、そんなに危険に見えますか。(笑)」
この人に会ってよかったと思った。
細道の陽ざしのなかをさらに歩いた。
一歩進むごとに距離も縮まっていた。
手が触れても、ナチュラルでいられた。
春の陽ざしに私たちは溶けていった。
初めてのパパは、背の高い紳士だった。
月に一度から二度程度会い、お互いの気持ちを確かめあった。
お気持ちもいただいた。
彼の優しさに応えたくて、私も努力した。幸せだった。
息苦しさは、いつのまにか消えていた。
あの穏やかな春の日から、もう2年がたつ。
まだまだ仲良しな私たちの春は終わらない。
samami