パパ活を始めて2週間ほど経ったある日、珍しく丁寧なメッセージが届いた。
「シンガポール在住の日本人です。世界の色々なものを見に行きたいですが、そのとき隣に素敵な女性がいてくれたらなと思って」という内容だった。大概「どんな方を探していますか♪」などの3行挨拶ばかりで飽き飽きしていた私は、その理念と人柄に大変興味を惹かれた。
「とても素敵だと思います。もうこちらでは何名かお話されましたか?こういうところは色々な方がいますし、波長を合う方を見つけるのは大変難しいですよね」確かそんな返事をしたと思う。
次の返信はこうだった。「よかったらシンガポールに一度来ていただけませんか?飛行機とホテルはこちらで手配いたします。」
わずか二往復のやりとりで、私はシンガポール行きのチケットをゲットした。
Contents
行くまでのこと
彼のことは三木谷さんと呼ぶことにする。当時は新型コロナウィルスのため入国審査などが厳しく、さらに私は渡航経験が少なく、なにより見知らぬ土地に、見知らぬ人間に会いに行く……これはなかなか不安で難儀な挑戦で、眉間に皺をよせながらやりとりを重ねた。
しかし日本とシンガポールの行き来も多いという三木谷さんは、PCR検査や入れておくべきアプリ、各種手続きのことも大変スマートにご教示くださった。あまりに澱みなくスムーズだったので、最初は疑い気味だった私も彼の本気度合いを信じざるを得なくなっていた。
航空券もホテルも三木谷さんが取ってくださるとのことで、本名、生年月日、電話番号を伝えた。住所は三木谷さんのもので予約するからと、聞かないでくれたこともまた信頼できるポイントだった。
ホテルも、4つ星以上のプール付きのものだけを提案してくれた。予約の名前は私のものにしてくれて、私だけが予約変更できるように手筈を整えてくれた。日本語対応もあるとかないとか、そんなことも全て調べた上で提案くださって、大変仕事のできる素敵な男性だと何度も思わされた。
誠実で紳士的な、まさに私の求めていた「理想のパパ」がシンガポールにいるのだ。その姿が、メッセージのやりとりをするたびに脳内で少しずつできあがっていった。
いや無防備である。我がことながら、甚だ無防備である。そうなのだ、私はとても無防備で楽観的で、性善説をいつになっても信じ続けているような奴だ。騙すのはとても簡単だっただろう。しかし今のところ、騙すようなそぶりはどこにもない。航空券も本当に送られてきた。
空港やホテルのロビーで「キャンセルされてますね」なんて言われるかもしれないけど、「その時はその時だ。死と怪我以外は、なんでも酒の肴にしてやらぁ」と思っていた。
渡航の前日
最初のメッセージから1ヶ月後。いよいよ迫る渡航の前日、三木谷さんは改めてこんなメッセージをくれた。
「今後お互いにとって良い関係になれば最高ですが、なかなかいい出会いというものは訪れません。かといって、人と出会わない事には、いい出会いも訪れないと思っています。いい出会いになることがあればラッキーだね、くらいで気軽にお会いしましょう。
最初にお会いして、ホタルさんが違うなと思えば、そのあとは僕とはお会いする必要はありません。その際は、無料で旅行ができたと思ってシンガポールを満喫して楽しんでいただければと思います(笑)」
楽観的で、ユーモアもあって、これは素敵な出会いになるかもしれないと心躍らせながら、空港へ向かった。
ーーー1ヶ月前になんとなく始めたパパ活。こんなにも早く、漫画みたいなことが起こるなんて想像できなかったし、自分が今まさに渦中にいるとは飛行機が飛び立ってからも信じられなかった。なんなら、今でも夢だったのかもしれないなどと思う。
しかしシンガポールで得た苦い経験は、この気持ちは、確かにここに残っている。
飛び立ってからのこと
三木谷さんは紳士的だったけれど、空港に迎えにはきてくれなかった。仕事が忙しいらしく、ホテルのロビーで待ち合わせることになっていた。少し寂しさを覚えたけど、仕方がない。
すでに日が落ち始めた初めての街を、大きなスーツケースを引きずって歩く。日本とは違う香りと、湿気。道ゆく女性はノーメイクにハーフパンツで、自分の着飾ったワンピースが浮いているのを感じた。
空港から電車に乗って30分。日本の自宅を出てすでに9時間。たどり着いたホテルはドアマンつきで、さっとドアが開くと同時に冷たいエアコンの空気が体の横をすり抜けていった。にこやかに出迎えるドアマンを見て、ここが綺麗で安全な旅の拠点になることを確信した。
白い大理石のエレベーターホールを抜けると、サンダルにラフなシャツとハーフパンツが似合う長身の男性がすぐに立ち上がった。三木谷さんだ!
何事も最初が肝心と、疲れた顔を切り替えて笑顔で駆け寄る。
「あ〜!こんにちは、ホタルです!やっと会えましたね!」
男性はポケットに手をいれ、片手をひらひらと振る。
「どうもー、三木谷です。場所すぐわかった?」
ふむ……タメ口か。そしてメッセージより大分けだるげな話し方をするのだな。
私の英語力が拙いことがわかると、スマートにチェックインを代わってくれるあたり、確かにあの三木谷さんなのだろう。手続きを終えた三木谷さんから、カードキーを受け取る。
「スーツケース、置いてきますね」とエレベーターに向かうと、なぜか三木谷さんは「おー」と言いながら、彼は一緒にエレベーターに乗り込んできた。
ん?
心配だから部屋まで案内してくれるのだろうか、部屋の前で待っていてくれるつもりなのだろうかと、脳内で三木谷さん性善説を唱える。しかしやはり性善説は信じてはならないのだろうか、あるいは三木谷さんの心はすでに放置に放置を重ねられ悪にでもなってしまったのだろうか、彼は当然のように部屋に入ろうとついてくる。
「あの……待っててくださりませんか?」
「え、そういうの良くない?俺廊下で待ってるのも変でしょ(笑)」
………あの配慮ある紳士はいずこか!!!
ーーーーー続く?