破廉恥な行為に身を焦がし、いやらしいまでの女に堕ちていくK婦人

K婦人は、ついこの間までは普通の主婦でした。夫が単身赴任先から帰ってくれば主婦業をしているといったどこにでもいる普通の奥さんでした。
それが今ではドップリと私の『精処理女』、『マゾ奴隷』に堕ちた人妻に徐々になっていくのでした。

これからも日常の夫婦生活に置いて、私からの呼び出しが有れば、『精処理女』として断りきれない関係となるのです。
パンティーを濡らし、いそいそと抱かれに来る人妻なのです。見方を変えれば、身体の汚れたいやらしい女です。
夫や子供達にすまないと思いながらも、私の男根の前では跪いてしまう、嫌らしく堕ちた女になっていくのでした。

かと言って、今の愛人生活を全て捨て去り普通の主婦には戻れないはずです。近所の人達はそんな淫らなK婦人の姿など誰も知りません。
K婦人はもう、一日中お茶飲み話に花を咲かせているような、普通の女子会気取りの主婦には戻れないのです。

心の中には普通の生活の幸せを望んでいても、身に染みた私との淫乱プレイの魅力からは逃れられないのです。普通のセックスであれば誰でもできます。
しかし『淫らなSMセックス』となれば。それをしたくてもやる相手がいなくてはできません。
あるいはそれを理解してくれるパートナーを見つけなければ憧れだけで終わってしまうのです。

K婦人の周りでは、ときには・・・夫が単身赴任で自宅に居なくては不便だろうと、家を訪れて気を使ってくれる親戚もいるようです。
今のK婦人にとってはその事がかえって負担となり、顔向けできない痴態を繰り広げているので、周囲に知られてはいけないと思いながら良心の呵責に胸を痛めることもあったようです。

あるいは、私との破廉恥な行為に身を焦がし、自分がとても汚くいやらしい女に思えてくる事もあったようです。
しかし今のK婦人にとっては私との愛人生活で知った肉体の悦びと精神的な解放感からは切っても切れない魅力ある関係となってしまっていたのでした。

これは愛人契約といった単純な約束ではなく、それを超えた男女の醜いまでの、互いが潜在的に持っていた『性癖と性癖の絡み合い』なのです。そして爛れた性を依存し合う共同性活者なのです。

湧き上がる快感に歓喜の声を上げ続けるメス犬になったK婦人

今日は都合の良い日でした。私の妻が法事で夕方でないと帰宅しないからです。
その事を前から知ってたので、K婦人にはデートの約束をしていました。車で何時もの様にスーパーの駐車場で待ち合わせした後、私の車に乗り移れ何時もの様にデパートで洋服とバッグと靴まで一式を買いプレゼントをします。

安月給の私としては、痛い出費ですがK婦人のこれまでの献身的な愛の姿を見ていると、惜しくはありませんでした。
そして車で郊外の高級な割烹旅館へ連れて行くのでした。私もそんな高級な所へは今回初めて行きました。K婦人はプレゼント攻めで甘い気持ちにさせた事でもありいい気分になっていました。

離れ屋になっている部屋で初めて割烹料理を食べて、少しアルコールを飲んでK婦人は頬を染めます。
開けた襖の向こうの次の間には、敷いてある白い枕を二つ並べた布団があります。私はこれから起こる淫靡な行為を期待ながらスケベそうな視線をK婦人に送るのでした。

彼女は私に抱きしめられ舌を吸われながら自分に言い聞かすようにつぶやきます、
『これが今の私なんだ』と。
私はそんなK婦人を素裸にしたのですが今日のSM行為は、今までのプレイとは少し違います。
辱め、凌辱、縛りつけ、蝋をたらし、胡坐縛りでバイブ責めを行う予定を前日に自分なりに立てていたからです。

今までのプレイでは愛撫の合間にちょっとだけ厳しく責められるといったものでした。
しかし今日は少し強目の責めでしたので激しさに皮膚感覚が麻痺したかと思います。
勿論責めは痛いのですが、信頼関係が構築されていたので優しさが裏打ちされた行為となっています。

責めの一つ一つはK婦人には耐えられる程度にしてありましたので、後は徐々に慣れてもらい子宮を震わせながら快感となって全身を駆け巡るような体になって貰いたいとの願いを込めながら行うのでした。

K婦人は私の願いを我慢をしながらも従ってくれました。蝋責めの後は鴨居から両手を吊り下げ、バラムチで全身にこびり付いた蝋を削ぎ落とすのでした。
この時の姿は身体をよじるのでエロイものがありました。勿論、バラムチは蝋を払い落すのが目的ですから、軽く払うように打ち付けます。

こういった単純な行為でも、打たれている方は、鞭で叩かれたという変態行為のせいで、異様に湧き上がる気持ちと快感に歓喜にも似た声を上げ続けるのでした。

K婦人は、はっきりと『マゾ』の喜びを意識したようでした

私は、K婦人が突き出した尻をつかみ、すでに淫汁で濡れ濡れになった女唇に勃起した男根を激しく打ち込みます。
鴨居から両手を吊り下げられたた格好のまま、オマンコをされるK婦人は、高揚感も加わり、エクスタシーの渦に翻弄されていきます。

異常な体制でのオマンコですので普通ではとても『イケル』体勢ではないのですが、男根で激しく貫かれた瞬間に自分でも信じられない快感が一度に子宮から頭の先に駆け抜けていったようです。
彼女が気が付いた時には『アクメ』に全身を震わせていた姿がありました。

プレイが終わった後から聞いた話ですが、この時、はっきりと彼女は両手を縛られ吊り下げられた格好でのセックスでしたので、『マゾ』の喜びを意識したそうです。
そして次々と押し寄せる『アクメ』の波を感じながら、
「もっと、もっとよ~もっといじめて~」
と、私には聞こえませんでしたが口走っていたとのことでした。

私はある程度、K婦人の女唇を楽しんだ後は、身体の縄を少し緩めクルリと体を半回転させ、今度は膝立ちにさせたままで口に男根を挿入して楽しむのです。
そうして又、半回転させると今度はアヌスを犯すといった三つの穴を交互に犯し射精をするまで楽しむのでした。

私は彼女の女唇の奥深く射精し満足した後は縄を解いてあげます。連続してのプレイなので私の息も絶え絶えになり少し疲れてきます。
K婦人を見ると、息をハアハアさせながら『アクメ』の心地よい余韻に浸っているようでした。

K婦人は両手を縛らて吊るされながら犯されるセックスをされても、嫌ではなくなっているようでした。縛られているという醜態が非日常的であればあるほど心地よく感じられるようでした。
そして床に目をやれば、だらしなく開いた女唇からは、私が吐き出した精子がだらだらと脚を伝わりながら畳の上に溢れ落ちていました。

そんな醜い光景を見ながら・・・K婦人は、ぼんやりと、「ああ、旦那様・・」と低い声を吐きながら、自分の生えかけの陰毛にこびり付いた蝋を見て、指で摘まんで落としていました。

 犬の格好を強要され四つん這いの獣にさせられ命令に従うK婦人

二人は少し休憩をとりました。軽くキスをしあいながら私に強要された責め苦を振り返りさっきまでもSMの記憶をたどっているのでした。
そしてお互いの信頼関係を再度確認しあうのでした。その証として優しく舌を絡ませ唾液を吸いあう濃厚なキスを交わし合うのでした。

そういった濃厚なキスをするだけでも、K婦人にとってはこれまでの苦痛が嘘のように記憶から消えていくのです。
私は小休止の後、次に鎖の付いた黒い犬の首輪をK婦人の首に付け犬のように四つん這いにさせるのでした。

このような格好をさせられているとは、K婦人の旦那も近所の人も親戚の人も誰も知りません。
これはセックスを超えた、『大人の究極の遊び』なのです。私とK婦人のセックスの行き着く先は、『SMセックス』なのです。これは男と女が行き着く究極の最後の淫らな遊びなのです。

K婦人が膝をついて四つん這いになると、私は尻を叩いて、
「膝をつくな!尻を高く持ち上げて!」
「足をもっと広げて、オマンチョと尻の穴が俺に見えるように歩いてみて!」
と命令口調で言います。
そうして恥ずかしい格好でK婦人は鎖を引かれながら、部屋の中を一回りさせられるのです。

次は首輪の鎖を外した後で尻を向けさせバイブを女唇に突っ込み何度かピストンをしてあげます。
「さっきの犬の格好のご褒美だ!」と言って、
オマンチョを舌で丁寧に舐めながらバイブで更に女唇を可愛がってあげるのです。
大切なのは、女唇を使い込んだ分だけ、今度は倍返しで丁寧に舐めてあげることなのです。

このことで欲望を暴力的に処理するといった単純な男で無いという事をK婦人の脳裏にインプットして行くのです。

犬の格好で放尿をさせるも、惨めさの中でも快感は存在します

私のマラは、さっき精子を放出したばかりなので、まだ硬くはなっていませんでした。
K婦人にはもっと気持ち良くなって貰いたいので、私はKの全身を舐め回しバイブで女唇を犯しながら最後は畳に顔を付けさせた格好のままでKに『アクメ』を迎えさせてやりながら全身を震わせ満足させてあげるのでした。

そして又・・・・犬のように四つん這いにさせたまま、今度は浴室に連れて行きます。
少し生え出た陰毛を何時もの様に剃毛をしてツルマンにしてあげるのです。その後、
「Kは犬だからオシッコを片脚を上げてしてみて!」と放尿を命じるのでした。

私はK婦人を犬のように片足を上げたまま放尿させる事が出来る『御主人様』に徐々に近づいていたのでした。
こうしてK婦人を虐めて骨の髄まで『マゾの血』を染み込ませていくのでした。
K婦人は嫌とはも言わず、命令をされるのが心地よいのか私の思惑どおりに、『マゾ』の被虐感に酔いしれながら女唇を濡らすのでした。

次に、浴室の床で、『マングリ返し』のポーズをさせます。これまでのプレイの労をねぎらいながら、乳房を鷲掴みにして乳首をネジリながら二つ穴を丁寧に舐めてあげるのです。
そいした優しくした後は今度するのは浣腸です。マングリ返しの格好でする浣腸ですので尻の穴は天を向いています。そこからは噴水のように黄色いお湯が噴き出しK婦人の体中に降り注ぎます。

相手に喜んでもらう精神が無いとSMは基本的に出来ません

浣腸プレイは始めは尻穴に入れたお湯がそのまま出てきます。
そのうち小さい便の塊が混じるように出て最後は焦げ茶色のすっかり緩くなった便が出ます。
マングリ返しの格好でするので、便の匂いと「ブスッ、ブリッ、ブッブー」、という恥ずかしい音を出しながら噴き出すので身体から髪から顔中を汚すのでした。

このプレイは、自宅の風呂場ではとても出来ません(笑)。マングリ返しの格好で、音や匂いまで嗅がれ、体中を便まみれにしてしまうのですから、自分の排便する姿を見られるのは普通の排便姿を見られるよりも恥ずかしいと思います。

K婦人は恥ずかしく惨めな格好のまま見られる自分が、とても嫌らしく、そして汚らしく思えたのではないかと思います。
こういうエログロの繰り返しがSM婦人になる基礎になって行くのです。
こんな事は人のする行為では無いと思ってしまえば、SMは経験できないしですし本や映画の上だけの憧れだけで終わってしまいます。

K婦人は、自分の哀れな姿を私に見られることで、私が満足させる事の喜びを確りと覚えることで、始めて二人だけの秘密のSMプレイが成立するのです。
そして何よりも、それには彼女自身の中に、その行為を嫌がらない下地が必要になります。

次に私は、タイルの床にバスマットを敷き膝立ちをするように言います。
「口を開けて」と言いながら、仁王立ちになったマラを彼女の口元に持っていき『尺八』をさせます。竿だけでなく玉袋も、裏筋も時間をかけて舐めてもらいます。

その後は、ひどい事をするようですが、K婦人の口の中へ放尿をするのでした。尿は飲む必要は無いと言ってあるので、口中で受け止めるといった感じにさせてました。
口の中は、たちまち匂いのきつい尿で一杯になり、顔が横を向くとその顔や体めがけて更に尿をかけるのでした。

オシッコを掛けるのは彼女も私にします。口や身体に尿をかけるのは私だけがするのではなく、K婦人の方から顔面騎乗位で私もしてもらうです(笑)。
こうすることで私が暴力的ではない男である証拠を彼女の脳裏にインプットすのです。

もう後戻りが出来ない『マゾ奴隷』調教にのめり込むK婦人

このコラムの読者は、私がバカバカしい事をしていると、あざ笑ってるかもしれません。
しかし、彼女本人も同意のうえで遊ぶSM行為なので強制などはありません。もしK婦人がSM行為が嫌ならば私と別れればいいだけなのですから。

「K、お前は俺の性奴隷だからな!」という厳しい言葉責めの中にも、どこかに私からの愛情を感じ取ってもらえる部分が無くては、これはただの暴力であり暴言になってしまいます。
しかし、信頼関係に裏打ちされた愛情が存在していれば、言葉責めは相手を更に興奮をさせる魔法の言葉に早変わりするのです。

視覚だけではなく、耳から入る刺激も手伝うことにより、辛い気持ちになりながらも、その言葉効果が自分の子宮から湧き上がって来るのです。
この繰り返しこそが後に、震えるような快感となって、SMプレイが脳の中で認可さえれていくのです。

「身体を洗って来て、今度はたっぷり可愛がってやるから」、そう言って首輪を外し浴室へ向かわせます。
K婦人は汚れた身体を夫や子供達には絶対に感づかれないようにと強く思いながら身体を洗っているのだと思います。

私からどんなに乱暴に扱われ汚辱されても、K婦人に取っては、気持ちの良い最高の『エクスタシー』を感じながらするオマンコ遊びが好きなのです。
元の単調な味気ない生活へ引き返すことなど出来ないのです。

もう~自分自身の身体から沸き立つ欲望には逆らえない身体になってしまっていたのでした。
その事に、今更ながら気付かされ、思い知らされ、もう自分の体は、後戻り出来ない位に『マゾ奴隷』として調教される快感に満足しているのでした。

そうに違いありません。何故ならそれはK婦人自らが痴態を繰り広げるSM行為の虜になっていたからです。
誰にも知られないで解放感に満ちた淫らなセックスが出来るのなら、こんな魅力的な遊びは無いのです。

愛人関係をする自分を真剣に悩んだところで、家庭が平和であるなら誰にも迷惑をかけないし、そのことにより背徳の罪滅ぼしも含めて、かえって夫にも家族にも優しくできる自分に、むしろ満足すらしていたのでした。

旦那の給料に手を付けなくても、プチ贅沢を味わえる愛人生活は幸せです

私は『SMセックス』の痴態を繰り広げているK婦人が何故・・・・私と別れなかったのかを考えてみることがあります。
それは、好きな物を買ってもらい、美味しい食事をさせてもらい、更にはお小遣いまで貰える生活といった、今まで経験したことの無い楽しい生活をさせてもらえる喜びが心地良かったからなのだと思います。

恥ずかしく、汚らしく嫌な女に化身て行っても、旦那の給料は安定している公務員なので生活面は安心です。
家の生活費に手を付けなくても、簡単にこれまで味わった事の無い快感なセックスと、プチ贅沢が手に入ります。私と淫らなオマンコを繰り返し夫という影が薄くなるのは仕方のないことなのです。

それよりも、私とのセックス三昧を味わったところで、誰にも迷惑を掛けないわけですし、もともと夫とのSM行為をする経験が下地として少しはあったので、私からSMを提案された時も、受け入れ無いという選択肢は無かったのかも知れません。

そして何よりも互いの性癖が似通っていたことも幸いしていたのかもしれません。誰でもがキッカケさえあれば、K婦人のような普通の主婦が入り込む隙間があるのかもしれません。
この世には男と女しか居ないのだから、一旦、タガが外れてしまいば、罪の意識さえ遠くに置いて楽しく遊べる世界なのです。

そう考えると、『オマンコ遊び』こそが、どんな贅沢な遊びよりも、人の心を惹きつけて離さないのは昔も今も同じなように思います。
そしてセックスをして行くうちに、究極の遊びが『SMの世界』へと行き着くのはむしろ自然発生的な事なのかも知れません。

それは何か・・・人間の本能が導き出してくれる逆らえない部分なのかも知れません。この話の続きは次回のコラムに綴りたいと思います。
 

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