恋愛ワクチン 第四十四話 あかりちゃんの幸せ

あかりちゃんには親がいない。一人暮らしだ。

死別では無い。

離婚した母親と暮らしていたのだが、母親が病気で障害者になってしまい、実家で療養中である。

ときどきたどたどしい手書きで、申し訳無いことと、あかりちゃんの身を案じる旨の手紙が届く。

それを読むたびにあかりちゃんは暗い気持ちになり、涙をぽろぽろと流す。

今21才、高校を卒業して就職。

本当は短大に進んで保母さんになりたかった。


初めてのセックスの相手は高校の同級生。

将来は結婚するつもりだった。

彼もそのつもりだったのだが、あかりちゃんの母親が病気になって、つい彼に当たってしまい、若い彼には荷が重すぎたのだろう、別れてしまった。

高校生で1人暮らしを始めて、バイトの合間に、アプリで援交を始めた。

あかりちゃんは元々は、生涯一人の男性としかしない、と決めていた。

しかし、そう思って付き合った彼氏と別れてしまい、それならあと何人としたって同じことだ、そう思った。

高校を卒業して就職し、ああこれで女子高生っていうブランドも無くなるし、自分ってきっと商品価値もゼロなんだろうな、と感じた。

だからウィンさんがアプリであかりちゃんを見つけて、マックさんに紹介して、マックさんが5と提示したとき、つい、そんなに頂けないです、3で十分です、私にそんな値打ちないです、そう口にしてしまった。

そのくらい謙虚で自己肯定感が低い。

マックさんはあかりちゃんが気に入った。

腰が細い。

マックさんは顔よりもまず、女性の腰のくびれに目が行く。

ついで顔を見る。

細面で清楚な雰囲気であればストライク。

もっとも、マックさんのストライクゾーンはかなり広い。

基本女性の良い面を探して注目する癖があるからだ。

あかりちゃんは、ど真ん中ストライク。

変態プレイにも嫌がらずに付き合ってくれる。

というか、一緒に楽しんでくれる。

ハプバーに連れて行って、全裸で開脚拘束具を付けて居合わせた男性たち皆でおもちゃで責めて、連続でいかせるとか。

夏の海水浴場の駐車場にマジックミラー号を停めて、マッチョなサーファーたちが行き来するのを眺めながら、貨物室でセックスするとか。

あれはたしか、初めて会ってホテルに行った次の週くらいだっただろうか?

あかりちゃんからラインが来た。

「今婦人科に来ているんですけど、クラミジアになってしまったみたいです。ごめんなさい、うつしちゃったかもしれないので連絡します」


マックさんも慌てて、友人の医者に検査してもらったが、感染はしていなかった。

あとでよく聞くと、婦人科の先生がカルテに「クラミジア」と書いたのをみて、てっきり感染したと勘違いしてその場で連絡したそうで、実際は性病検査を保険で通すための、いわゆる「疑い病名」というやつで、あかりちゃんの検査結果も陰性だったとのこと。

だけど、そういうときに、ちゃんと関係のあった男性たちに一斉メール送れるっていうのは、人として感心な話だと思う。

パパ活って言う、ある意味無法地帯のような世界では、こういったちょっとした人間としての正しさが、とても希少な気がして輝いて見える。

マックさんは、あかりちゃんの外見やスタイルもさることながら、こういった謙虚さや正直さも好きだ。

もっともその背景には、幸せに恵まれてこなかった故の自己肯定感の低さみたいなものがある。

そこは優しく気を遣ってあげないといけない。

そんなあかりちゃん、友達の紹介で彼氏が出来た。

有名大学を卒業して、一流企業に勤める研究職の男性である。

実家も裕福で、あかりちゃんとは違う世界で育ってきた人間だ。

一緒に温泉旅行に行った写真など見せてもらった。

マックさんと一緒にいるときとは違う表情のあかりちゃんが、優しそうな若者と写っている。

お似合いだね、というと、あかりちゃん嬉しそうに微笑む。

独占欲の希薄なマックさんも、さすがにちょっと甘酸っぱい気持ちになるが、これはこれで味わうことができる。

年をとるのも良いものだ。

さて、あかりちゃん、先日急に会いたいと言ってきた。

相談があるらしい。

お金の無心じゃないよな、とやや警戒しながら会って話を聞くと、仕事を辞めたいらしい。

なぜ辞めたいの?と聞くと、昔から夢だった保母さんになるために、通信制の短大に入りたいという。

「なぜ急にそう思いついたの?」

「彼が・・婚姻届持ってきたんです」

「それは良い話じゃない。もちろん受けたよね?」

「いえ、まだ」

「何故?まだ若いから?」

「それもあるけど、私なんて、高卒で胸を張れるもの何も無いし、彼にはもったいないです。だから、せめて短大出て、保母さんの資格を取って、それからにしようと思って・・」

「そんなことしなくてもいいよ。なかなか無いチャンスなんだから、とにかく婚姻届け出しちゃいなよ。話はそれからだ」

「そうですか?」

「仕事も辞めないほうがいい。勉強を本当にしたいのなら、仕事してても、結婚しても、いつでも出来る。僕はあかりちゃんみたいな苦労はしてこなかったけど、受験勉強だけは死ぬ気で頑張った。そこだけは誇りがある。あかりちゃんは勉強っていうものを舐めてるよ。本当にしたいのなら、いつでもどこででも出来るはずだ」

「そうかあ・・」

「本当は幸せになるのが怖いんでしょ?いままで幸せになったことが無いから」

「よくわかりますね。そうなんです。自分には不釣り合いな幸せが訪れると、その後にとんでもない不幸が待っているような気がして・・等価交換っていうじゃないですか」

「そんなことは無いよ。不幸も幸せも、トランプのカードみたいなもので、続けて来るんだ。幸せカードが出たら、確実に拾わないといけないよ。それが次につながっていくから」

「そうなんですね。叱ってくれてありがとう」

そういうと、あかりちゃん、いつものようにホテルのソファで全裸にして横にはべらせて撫でながら話をしていたのだが、身を起こしてマックさんの上から乗っかかってキスを求めてきた。

瞳がいつになくうるんで輝いている。

本当は、親とか身近な大人に相談したい話を、あかりちゃんには誰もいないから、こうしてマックさんに相談してきたんだなあ。

マックさん、あかりちゃんの親代わりだ。

普通の親と違う点は、あかりちゃん、マックさんの股間に性器をこすりつけてくるところだ。

マックさんはまだゴムを付けていない。

だけど、この雰囲気、以前にも経験がある。

女性が、ゴム無しでOKっていう無言の意思表示だ。

「生でしてみようか?」

あかりちゃん、無言でうなずく。

あかりちゃんと付き合い始めてもう一年くらいだろうか?セックスは50回くらいはしている。

はじめてあかりちゃんと生でした。

あかりちゃんの膣肉を直に感じる。

彼氏とは毎回生なのだそうだ。

それを聞いた時、ちょっとだけ羨ましかった。

彼氏には本当に申し訳ないけど、まだあかりちゃん独身だし、もうちょっとだけ使わせてください。

籍が入ったら、身を引きます。変なストーカーもどきはしません。

ただ、あかりちゃんから連絡があったら、相談には乗ります。

ホテルには行かないけど。

必要ならお金だって用立てます。

籍入ったらお祝いに何がいい?と聞いたら、冠婚葬祭で使えるようなパールのネックレス。

なるほど、そういうものって普通は親が買ってあげるからなあ。

厚かましいようだけど、たぶんあかりちゃんの中では、マックさん親代わりです。

「マックさんとひとつになれて嬉しい」

初めて生でしたあかりちゃんが呟いた感想でした。

有難く墓場まで持っていきます。

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