恋愛ワクチン 第二十六話 シンデレラ物語

シンデレラ(Cinderella)という語は、cinder(灰)とElla(女性名)の合成だとWikipediaにあった。

灰をかぶって仕事をしていた少女Ellaの物語。

しかし灰といえばashだ。

cinderというのは聞き慣れない。

調べてみると、

Cinder. A small piece of burnt coal./wood that could still go on fire
Ash… Powdery substance left after burning something

とあった。

Cinderは灰というより燃えかすって感じですね。

燃えかすエラ。



湯葉は絵理へのラインの返事を確認した。

もう何度目だろう。

三日たっても既読にならない。

また会おうねと笑顔で別れたはずなのに。

何か事情があってラインを閉じたのだろう。

パパ活ではよくあることだ。

一か月ほどして、ユニバースの下請けというかスカウトをやっている東田と会って、茶飲み話をした際に、たまたま絵理の話になった。

「そういえば絵理ちゃん、急に連絡無くなっちゃったけど、東田さん繋がってる?」

「それなんですよ、湯葉さん聞いてくださいよ。絵理のやつ、母子家庭で、母親が脳梗塞で半身不随になっちゃって、マジで大変そうだったから、ユニバ紹介してあげたんですよ。良いパパつくといいなと思って」

「そうなの」

「あいつ、顔可愛いから、オファーいくつか付いたんです。その中の一人のパパが同情して色々世話してくれて、母親も施設に入れてもらって、自分は東京に呼ばれて月100万くらいのお手当で生活してるって言ってました」

「それは良かったね」

湯葉は本心からそう思った。

ここは湯葉の性格の良さで、女の子に対する独占欲がない。

自分より良い条件を提示するパパが現れたときには、自分のことのように喜ぶ。

「そこまでは良かったんですけど、あいつ、これまで僕に渡してた下着を全部燃やしてくれ、燃やした写真を撮って証拠に送れ、って言いだして」

東田は、女の子から使用済み下着をネットオークションに出品して、落札代金を折半するという仕事もしている。

絵理はパパ活の経験が無かった。

どうしてもお金が必要で、東田が下着オークションの女の子を募集しているのをネットで知って恐る恐る申し込んできた。

しかし下着のお金では足らず、東田に口説かれてパパ活を始めた。

東田はユニバースの下請けや下着オークションだけではなく、自ら小規模なパパ活サークルの運営もしている。

それで湯葉は東田から絵理を紹介してもらったという流れだ。

「燃やせって言ったって、下着は元々あいつのじゃなくて、僕が絵理に渡して回収したものなんですよ。僕の手元に残ってる分だけじゃなくて、まだ落札されてないのまで、取り下げて燃やせって言うんです」

「そうなの・・まあ、絵理ちゃんの気持ちも解らなくはないけど、東田さんのやるせない気持ちも解るなあ」

絵理は、良いパパに巡り合えたので、下着売りや、パパ活の過去を消したいのだろう。

気持ちは解る。

しかし、東田の身になってみれば、シンデレラが王子様と出会うきっかけを作ったのは自分なのだ。

もっと感謝してくれたっていいじゃないか。

ユニバースのコンシェルジェスタッフの人たちも、きっと似た経験しているのだろうな。

まるで後ろ足で砂をかけて、汚いものを隠すように去っていくシンデレラも多いのだろう。

シンデレラに罪はないが、砂をかけられる側の気持ちも思いやって欲しい。


絵理の話はそこまでにして、東田と湯葉は、奈菜という女の子の話題に移った。

奈菜は、湯葉の友人の倉部が、アプリで発見した子だ。

例によって湯葉が倉部から紹介してもらってデートして、そのあと東田に引き合わせた。

「奈菜ちゃんどう?美人でしょ?」

「美人!っていうか、あの子こんな地方都市にいるべき子じゃないですよ。東京でモデルやってるとか芸能事務所に所属してるって言われても全然不思議じゃないです」

「そうだよね。東京行かせてあげたいよね」

「本人その気はないんですか?」

「ブラジルとのハーフじゃん。お父さんいないし、小学校や中学校じゃ苛められたらしいよ。田舎だからね。18才超えてすらっと綺麗になって、周りからも手の平返したように讃えられるんだけど、トラウマっていうのかいまひとつ自信が無いらしい。もし東京で生まれ育ってたら、人生変わってただろうになあ」

「もったいない。せめてユニバースにデビューはさせられないですかね?ブラック超えたスーパーブラックですよ、あの子」

「アプリもすぐにやめちゃったしね。本人、自分を認めてくれる人が一人いれば十分で、昼間の事務仕事の給料にちょっとしたお手当が加わればいいんだって」

「事務かあ。もったいない。職場じゃ目立つだろうなあ」

「小さなところで、ちょっとだけ綺麗に咲いてる花であれば満足なんですとも言ってた。・・だけどやっぱりもったいないよねー」

「湯葉さん、なんとか口説いてみてくださいよ。実にもったいない。あの子こそシンデレラになれますよ」

絵理で砂を噛む思いをした話の後で、また次のシンデレラを送り出す相談をしている滑稽さに、この時は二人とも気が付いていなかった。

東田も懲りないが、湯葉も、奈菜がシンデレラになってしまえば、自分の手元から離れてしまうだけなのだが、それでも、奈菜をシンデレラに育てあげたいという欲求が勝ってしまう。

東田と付き合ううちに感化されてしまった節もある。

まだ売れていないアイドルの追っかけをして、CDをたくさん買ってあげて育成するみたいな快感かもしれない。

これもまた一つのパパ活。

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