恋愛ワクチン 第ニ話「トラウマVS快感」

『恋愛ワクチン』

恋やセックスの欲求は時として病気のように人生を破壊します。これを予防するのが恋愛ワクチン。
入会費とセッティング料を払えば、誰もが接種でき、安全に疑似恋愛を体験できます。
 

その女の子は国立の大学生。理系の学部で彼氏はいる。
「どうしてクラブに登録したの?」
「いままであまり年上の男性との接点がなかったんです。それで社会に出たとき戸惑わないようにいろいろお話も聞けたらと思って」
それも本当だろう。女子学生たちはほぼ全員がそう答える。まるで入社面接のマニュアルを読むように。
しかし、どんな事にも、理由はひとつより多くあるものだ。そしてそれは彼女自身も気が付かない無意識に隠れていたりもする。
 
一時間後、マックさんは女の子とホテルの廊下を部屋に向かって歩いていた。
彼女と食事をしたのはホテル最上階のレストラン。
マックさんが最初のデートをするときは、夜であれば大抵このレストランで単品の料理とお酒を注文する。
初対面の、年齢も住む世界も違う男女が、しかも互いにまだよく知らず、自分のことをどの程度まで話していいのかも判らないのに二時間も同席すると言うのは、少なくともどちらか一方にとっては苦痛だろう。
だから初めてのデートでマックさんはコース料理は決して頼まない。
マックさんなりの流儀であり相手に対する気遣いだ。
ベッドインして仲良くなってからは、相手にもよるが恋人のように愛し合う。
お金と言うのは、自分と同様相手をも楽しませるために遣う。東京への出張に女の子を連れて行くときの宿泊はアマンに決めている。全室スイートの皇居を見下ろす景色に興奮しない女の子はいない。
さて、そんな形ばかりの食事とカクテルと会話の後、彼女は同意し、マックさんはホテルのフロントへと席を立った。空室を確認するためだ。
部屋を確保し、彼女の待つテーブルへと戻った。伝票をチェックし、預けていたコートを受け取り、エレベーターの途中階で降りて、二人で部屋に向かう。
 
マックさんが食事の終わり頃に、良かったら部屋を用意したいと切り出したときの女の子の表情というのは、同意の場合には、皆良く似ている。
似ているけれど、その向こうには、
(やった!話が早くて助かるわ、このおじさん)
(5万か。まあ相場の上のほうだしOKだけど、嬉しそうな顔したら負けだから気を引き締めなくちゃ)
(ああ気に入って貰えたみたいでほっとした。だけど本番はこれから、頑張れ私!)
みたいな、それぞれに違った心の声が聞こえるような気がする。気のせいかもしれないが。
ところが、この女の子からは、それが聞こえてこなかった。不思議な感覚。
とてもあっさりと、当たり前のことのように受け入れて頷いた。
何だろう?この感覚。
  マックさんは女の子と二人、部屋に入り、先にシャワーをすすめた。バスタオルを巻いて出てきた女の子はにこやかに、
お先に失礼しました、
と言って微笑む。 マックさんがシャワーから上がって出てくると、女の子は窓から夜景を見ていた。
何かを思い出しているようにも見える。マックさんに促されるまま、ベッドに横たわり、キスしようとすると、
「ごめんなさい、キスは出来ないんです。口にも体にも。体を舐められるのも苦手で。」
「そうなの?彼氏に悪いのかな?」
「そうじゃなくて・・彼氏とも出来ないんです」
「触るのは?」
「それは全然」
マックさんは性器に手を当てる。
嫌がらない。
それどころか十分に濡れている。
やさしく愛撫すると喘ぎ声をあげる。

気持ち良さそうだ。
  指を入れて深く触る。びくびくっと体が震えて膣が締まる。感度良さそうだ。マックさんは指の動きのピッチを上げる。
彼女が声を上げる。
「気持ちいい、だけど駄目、キスはしないで」
「嫌がることはしないよ。抱くのはいいのかな?」
「もっと強く抱いて、だけど駄目、キスは駄目、舐められるのも嫌!」
挿入し、彼女は二回ほど小さな絶頂を迎えて、マックさんは射精した。
その瞬間にも、彼女が発した言葉は

「キスは駄目、舐めるのも駄目、ああ、気持ちいい!」

だった。
  「大丈夫?」
彼女は涙を浮かべる。
「私、セックス依存症なんです。心療内科を受診していて、セックス禁止されてるんです。」
「・・(絶句)え、そうなの?」
「私、キスも舐められるのも駄目って叫んでたでしょう?高校生のときに強姦されたんです。帰宅途中に後ろから知らない車がついて来て、ドアが開いたと思ったら数人で口押さえられて羽交い締めにされて車に連れ込まれて・・その後、どこかの草むらで強姦されたんだけど、全身舐められてキスされてとても嫌だったの。」
「・・そうなの。大変だったね。」
「それなのに、セックスが気持ちいいんです。だから私、おかしいの。セックス依存症なんです。」
 
マックさんは精神科医ではないので、論評する資格はない。
しかし、この子本当にセックス依存症なのだろうか?
単に普通に感度の良い女の子が、トラウマ抱えてるだけのような気もするのだが・・
とても嫌で怖い経験をして、しかし元々感度が良いためにセックスで気持ちよくなってしまう自分はおかしい、と決め付けてしまっているようにも思える。
この子に必要なのは、彼氏でもおじさんでもいいのだが、同意の上で優しくいたわるようなセックスを繰り返して、少しずつ氷を溶かすように、嫌な記憶を良い記憶で上書きしてあげることではないかともマックさんは考えた。
「セックス禁止」は逆効果ではないだろうか?まあ、マックさんとしては、こんな感度が良く締まりのいい子を手放したくない、そういう自分に都合の良い理屈をこじつけた面もある。
あるいは、PTSDのようなものだから、強姦の場面をフラッシュバックさせるようなイベントそのものが、彼女が過去を忘れるのに良くないということかな?
精神科的にはそっちが正しいのかもしれません。
しかし精神科の先生、彼女がこんなに感度がよくて濡れることは知らないんだろうな。
  彼女は
「今日はありがとうございました。マックさんに話を聞いてもらってカウンセリング受けたような気持ちです。」
と言ってにっこり笑って帰っていった。
それきり彼女とは会っていない。メールしても彼女が応答しないからだ。
クラブの交際タイプはしばらくAにダウンしていたが、そのうちに退会してしまった。
今頃どうしているのだろう。彼女が私との連絡を絶ったと言うことは、やはりセックスによる強姦のフラッシュバックが強かったと言うことだろうか?
ひょっとしたら彼女はそれを克服しようとして、見知らぬおじさんとのセックスに臨んだのかもしれない。それが交際クラブに登録した本当の理由だったのだろうか?
読者も、この先を読みたいだろうが、一番知りたいのは当事者のマックさん本人なのである。官能小説であれば、女の子が強姦プレイでなければ絶頂が得られない体になりました、なんて安っぽい読者受けしそうな結末を考えるのだろうが、マックさんはそんな勝手な創作妄想をするつもりは毛頭ない。
いつか、この女の子と再会する機会があれば、その後の話をゆっくりと聞きたいものだ。
そのときには、フルコースの料理を注文してご馳走するつもりである。(続く)


マックさん

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