女の“視線”に表われる口より雄弁なメッセージ

■女の深層心理は、どんな動作よりまず視線に表われる

目は、いうまでもなくものを見、識別する働きをする感覚器官なわけですが、人間の目は、そうした対象物を識別する働きだけをしているわけではけっしてないのです。

俗に、「目は心の窓」などといわれるように、その人の意志や心の動きを敏感に映し出す反射鏡としての役割も果たしているからです。

つまり、人間の本心や本音は、いくら隠そうとしても、目という感覚器官に知らず知らずに表われてしまうということなのです。

有名な孟子の書『離婁上編』には、「胸中正しければ、則ち子瞭なり。 胸中正しからざれば、則ち眩し」という言葉が出てくるのですが、これも、人の心の善悪は、目の清濁によって判断することができるという先人の教えなのではなかろうかと思います。

 昭和二十四年、国鉄松川駅付近で起きた列車転覆事故、いわゆる「松川事件」では、二十人にものぼる国鉄職員が検挙されのですが、このとき、雑誌や新聞などではなばなしい被告支援の論陣をふるったのが、作家の故広津和郎氏です。

この広津氏が、裁判中の被告の目を見て、無罪を確信するに至ったというのは、あまりにも有名な話です。 「嘘をついている人間が、こんな澄んだ目をしているはずがない」。広津氏は作家の直感として、そう判断したのだろうと思います。

法律論からいえば論理性に欠けるきらいはあるようですが、これも、人間の目がいかにその人の心をあざやかに映し出すものであるかを如実に示すエピソードだとはいえるだろうと思います。

このように、目の清濁、輝きは、その人の心を知る重要なキーとなるのですが、そのときどきの心の動きを読みとることができるのは、目の清濁よりもむしろ視線の動きであるとも言われております。

深層心理のなかにある欲求や感情は、どんな動作よりまず視線に表われるといっても過言ではない。ことに、何かにつけて本心を隠したがる”タテマエ人間”である女性の場合、この傾向がいちじるしくなるのは当然だろうと思います。

したがって、女の視線、目の動きをどう読むかが、相手とのコミュニケーションをたくみに進めていくたいせつなポイントになってくるというわけです。

視線は、おおざっぱに言って、三つの観点から捉えることができると思われます。 第一は、じっと相手をみつめていたり、あるいはキョロキョロしたりといった視線の動き。

第二は、まっすぐ相手をみつめているのか、また横目でにらんでいるのかという視線の方向。 そして、第三は、相手を上から見下ろしているか、下から見上げているかといった視線の位置であるのでは。

もちろんこのほかにも、どれだけ真剣に自分をみつめているかといった視線の集中度も問題になってくるが、こうした要素も考慮しながら前述した三つのポイントをよくチェックして女の視線を観察すれば、相手の深層心理を見抜くことは、それほどむずかしくはないと思います。

■男をじっと凝視する女性の目から、心の中をのぞく

そこでまず、第一のチェックポイントである視線の動きについて、観察していくことにしよう。この際、当然ながらまず問題になってくるのは、女性が相手の男を見ているかいないか、すなわち視線のあるなしです。

昔から、人と話をするときは相手の目を見て話せといわれておりますが、これは相手をじっとみつめることがその人間に対する誠意の表明になるからだろうと思われます。

たしかに、正視は一般に、相手への親近感や興味・信頼を表わすもので、コミュニケーションを欲しているという意思表示と解釈することができるからです。

ただし、こと女性に関しては、かならずしもこれが一般的な解釈とはいえないようです。女性の場合は、ディス・コミュニケーション、つまり、自分の思っていることを相手に伝えたくないときに、むしろ相手を正視するという行為に出ることがあるからです。

これに関して、心理学者のR・V・エクスラインらが、きわめて興味深い実験を行なっている のでご紹介してみたいと思います。

事前に被験者に、「真意を隠しなさい」と指示を与えておいてから、一対一の面接をする。 その結果、面接者を注視する率が、男の場合は下がるのに対して、女はかえって上がることがわかったのです。

男は、指示がないときは面接時間の六六・八パーセントのあいだ相手をみつめているのに、真相を隠せという指示があったときは、六〇・八パーセントの時間しか注視していないのです。

ところが女は、指示されたあとは六九パーセントへと注視する時間が上がったのです。現在は結婚して一家の主婦におさまっている元人気歌手のYMさんは、現役時代にテレビで歌をうたうときは、まばたき一つせずにカメラをじっと凝視しつづけたことで有名だったようです。

彼女は世の男性諸氏から、心に何か秘めごとを持っているようなミステリアスな女性といわれたものですが、多くのファンは、彼女の歌うときの表情、視線からその内面の神秘性を感じとっていたのかもしれません。

こうした点から考えると、対面している女性が、あまり長くこちらを見つめていて、なかなか視線を外さないときは、一応「何か隠しごとをしているな」と疑ってみるといいと思います。

もちろん、最初から視線を合わせないのは論外で、これはもう明らかなコミュニケーション拒絶のサインと受けとっていいわけです。

男性と会話しているとき、女性はしばしば相手から視線を外してあいづちを打つことがあるのですが、こんな場合は、相手の話に共鳴・賛成をしていない証拠とみていいだろうと思います。

外見だけとりつくろって、内心では相手に対して不満を表明しているのではと解釈できます。もう一つ、女性の代表的な目の動きに、目をパチパチさせるというものがあります。

いわゆるまばたきですが、これがひんぱんにあらわれるようだと、その女性の心理状態を疑ってみたほうがいいかもしれません。

ひっきりなしに目をパチパチさせるのは、心理学では「チック傾向」と呼ばれる現象の代表的なしぐさとされ、その人の心の奥底の不安、緊張、欲求不満のあらわれといわれていると言われております。

緊張が絶え間なく自分の内側に向けられ、不安感にさいなまれている彼女の内面が、そのせわしない目の動きに表出するというわけです。

幼少のころ、両親にガミガミ叱られながら、厳しく育てられた女性にこの現象が多く見うけられるのもそのためです。 この「チック傾向」の強い女性は、おしなべて自己中心的で、自意識が強く、概していえば男にとっては扱いづらい女性のタイプといえるかもしれません。

■日本の女性は、ウインクよりも流し目で、自分の意志を伝える

第二に視線の方向ですが、当然これは女性の関心の方向を示していることになります。そのとき、男性にとってひじょうに気になるのが、女性の横目づかい、つまり、見るとはなしにチラチラと視線を横に流して相手をうかがうあの目つきであろうと思います。

これが、相手の男性に対する強い関心を示すしぐさであることはいまさらいうまでもないことです。相手に心をひかれているくせに、それを気どられたくないという深層心理が、男性を盗み見るような横目づかいとなってあらわれるのです。

日本では、古くからこの女性の横目づかいが、”ながし目”という意識的な愛情表現の方法として定着しているのはすでにご承知のとおりです。

俗に秋波を送るなどといわれているが、芸者さんなどは、この”ながし目”が接客の際の職業上の技術になっているらしいです。

ところが、おもしろいもので、同じ愛情のブロックサインでも、これが欧米人になると、”ウインク”というまったく異質な表現になってしまうのです。

おそらくこの違いは、欧米人と東洋人の表情筋の発達程度の差、あるいは目の大きさ、形状の相違が原因になっているのではないかと思われます。

自然人類学者の香原志勢氏によれば、東洋人の表情に生彩がないのは、欧米人に比べて表情筋の発達が未分化だからだということです。

”ウインク”という行為は、片目をあけたままもう一方をとじるわけだから、よほど表情筋が発達していなければうまくいかないわけです。

その意味では、もともとこの種の派手な芸当は、日本人には生理的に不向きだったといえるかもしれません。 しかも、日本人の目は概して糸のように細いので、”ウインク”という目の動きが明確に示されないわけです。

それよりは、”ながし目”という視線の方向性によって相手に好意を知らせるほうが、はるかに意思を伝えやすかったのだろうと推測されます。

”ウインク”も”ながし目”も、一種のノンバーバルビヘイビア、すなわち言語以外で内心の意思を表明する手段であるわけですが、生理構造のちがいによって、口ほどにモノを言わせるやり方にも、男女の差のみならず彼我の相違が生じることがこれからもよくわかる。

いずれにしても、「目で殺すは殺生のほか」の言を待つまでもなく、男にとって秋波を向けられることが、そぞろ気をそそられるものであるのは、誰しも否定できないところであろう。

■目の高さを観察すると、上下関係がわかる

第三の視線の位置は、本人が自覚している立場、ステイタスを表示するものとされております。つまり、視線の発せられる位置によって、相手に対して自分をどう位置づけているかが推しはかられるというわけです。

たとえば、会社の上司は部下に対して例外なく高い位置から視線を発し、ストレートに降り注ぐことになります。これは上位者としての威厳を保とうとする深層心理が働くためです。

逆に、社長や重役に対しては、おのずと視線を発する点が低くなり、その度合いも弱々しいものになりがちです。 これは上位者に対して敬意、忠誠を示そうとする意識のあらわれといえます。

このように人間は、目の高さを基準にして、相手と自分との上下関係を明確化しているのです。”目上” ”目下”という言い方がそのことを端的に言い表わしているのではないかと思います。

数年前にアメリカで、T・A(トランズアクショナル・アナリシス)と呼ばれる精神分析理論が話題を呼んだことがありましたが、この理論によると、人間の自我状態は、視線の位置によって象徴的にあらわされるということです。

親が子どもに対するときのような心理状態では視線は下向きになり、知的な判断、計算にもとづいた、いわゆる大人の心理状態では、水平に、きわめて自己中心的な子どもの心理状態では、上向きになるというのです。

もちろん、これらの心理は、年齢に関係なく誰にでも共存するもので、時と場合に応じてそのどれかが前面に表われ、そのときどきの自我状態を決定しているというわけです。

こうした点から判断すると、女性が男を上目づかいで見るようになったら、相手に対して尊敬の念や甘えの気持ちを抱いていると解釈してもさしつかえないだろうとおもわれます。

もっといえば、こうした女性の上目づかいは、性的ポテンシャルが高まっている証拠と見てもいいかもしれません。

私の記憶では、イングリット・バーグマンやブリジッド・バルドーといった美人女優たちのブロマイドは、カメラが目線よりやや高い位置に据えられ、それを上目づかいに見上げるようなポズで撮ったものが圧倒的に多かったように思います。

これも、性的ポテンシャルの高まりを示すための心理上の計算が働いて工夫されたものだったのかもしれません。

もちろん、これらの女性の視線は、動き、方向、位置――といった単一のものとして表われるわけではなく、いろいろに組み合わされて表現されるのがふつうです。

したがって、こうした女性の目の動きを注意深く追っていけば、かなり具体的な深層心理が読みとれるはずです。たとえば、女性とデートをしているとき、相手の女性が伏目がちになって、ときどきあなたを上目づかいで見る。

こういう態度を相手がとったら、彼女はあなたに信頼や尊敬を寄せていると考えていいだろうと思います。行動学者のアーン・ゴフマン博士によれば、「チラリと見て、目を伏せるのは、『あなたを信頼している。 恐れていない』というボディランゲージ」であるとのことです。

そして、上目づかいは、あなたへの尊敬、甘えの表われとも言っている。もし、あなたに彼女を自分の部屋に招待しようという意図があるなら、大いに脈ありといえそうです。

最後に、女性側からみた男性の視線に対する受けとめ方について、一言触れておきたいとおもいます。 端的にいえば、一般に女性は男性の視線を気にするものですがが、この傾向は、自意識の強い女性であればあるほど顕著になるといっていいかもしれません。

女性は男に比べて、感情を抑制したり、精神状態を安定化するトレーニングをあまり積んでいないため、ちょっとした心理的外圧がかかると、てきめんに動揺してしまうのです。

したがって、女性を口説き落とす際などには、多弁を弄するより、むしろ視線を有効に使って、心理的なプレッシャーをかけたほうが戦果があがる場合も多いもです。 目で殺すのは、何も女の専売特許にかぎったことではないわけです。

■視線の動きから、女の本性を見抜く実例集をピックアップしてみました。

※目を伏せて上目づかいに見る女性は、相手に対して尊敬や好意を抱いている。

※女性がしつこいくらいに視線を外さないのは、相手に対して何か隠しごとをしている。

※男の視線を気にする女性は、自意識過剰。

※女性が視線を合わせないであいづちを打つときは、心からは相手の話に賛成していないことが多い。

※女性が男を上目づかいで見るようになったら、性的興奮が高まったとみていい。

※女性が目線を横に流すときは、相手の男に強い関心を抱いている。

※話している最中に目をパチパチする女性は、神経質。

それでは次回のお話は、女の”動作グセ”が発するシグナルを読む、という題で書いてみたいと思います。

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